Economist Column No.2026-025
「100億宣言」企業は3,000社を突破、成長戦略の不断のアップデートが重要
2026年05月21日 細井友洋
■「100億宣言」企業は1年で10倍に拡大
経済産業省(中小企業庁)は昨年5月、スケールアップによる中小企業の競争力向上を図る観点から、「100億宣言」を開始した。これは売上高100億円を目指すことと、そのための成長戦略を経営者の名前・顔写真付きで対外的にコミットするユニークな仕組みである。宣言を行った中小企業は、国の補助金・税制による設備投資支援や100億を目指す経営者ネットワークへの参加といった、さまざまなサポートを活用できる。
宣言企業の数は制度開始当初の311社から足元では3,188社へ大きく増加しており、その合計売上高は12.5兆円に上る。また、宣言企業は全国に広がっており、東京・大阪・愛知以外の企業が全体の7割を占めるほか、製造、卸売・小売、建設、運輸、宿泊・飲食など地域経済の主力業種が全体の9割に上る。仮にこれらの企業の多くが売上高100億円を達成すると、10兆円超の新たな需要が発生し、地域経済への波及効果はさらに大きくなると考えられる。
これらを踏まえれば、「100億宣言」は、各地域における成長意欲の高い中小企業経営者に対する注目を集め、成長に向けたモメンタムを加速させることに一定程度成功したと言える。今後は、宣言企業が着実に成長し、中小企業セクターの生産性向上や地域経済の活性化をけん引していくことが重要である。
■環境変化を踏まえた成長戦略のアップデートが重要
宣言企業は、いずれも独自の「強み」を中核に成長戦略を構築しているが、外部環境や経済構造の変化に適応し、強みを見直していかなければ、成長が停滞するリスクもある。
中小企業を取り巻く外部環境は大きく変化している。例えば、今般の中東危機による供給網やエネルギー市場の混乱を受けて、世界各国は経済安全保障を一段と優先し、重要物資のサプライチェーンを自国内または同盟・友好国圏内で完結させる動きや、化石燃料への依存を緩和する動きを強めると予想される。これにより、サプライチェーンにおける自社の立ち位置が変化し、これまでの強みを生かせなくなる恐れがある。逆に、化石燃料に代わる原材料や脱炭素技術への需要が拡大することで、それが新たな強みになる可能性もある。このため宣言企業は、今後の構造変化を先取りし、新たなサプライチェーンや市場でどのような付加価値を創出していくのかを常に考え、成長戦略に反映させていく必要がある。また、技術革新により、AIやロボットが今後急速に普及することも考えられ、成長戦略の中核であった製造技術やサービスがこれらに代替される恐れもある。宣言企業は、AIやロボットには実現できない独自の強みを磨くことや、むしろそれらを積極的に活用して新たな付加価値を創出していくことが求められる。
■経営者の「気づき」を促し、スタートアップとの連携強化を
国は、宣言企業が成長戦略を柔軟に見直し、迅速に実行できるような環境整備に一層注力する必要がある。宣言企業が必要な経営資源をタイムリーに確保できるよう、労働市場の流動性向上、中小企業によるM&Aの円滑化、補助金・税制による設備投資支援、事業性融資の推進などを強化していくことが基本である。
加えて、中小企業の最大の強みは、大企業に比べて経営判断の自由度が高く、経営者の意思決定次第で事業戦略を大きく転換できる点にある。このため宣言企業の経営者自身が、サプライチェーン再編や技術革新によって自社の強みや市場機会がどのように変化するかについて、「気づき」を得られる環境を整備することが重要である。
この観点から、「100億宣言」を通じた経営者ネットワークをさらに発展させ、技術革新や市場構造の変化への感度が高い企業・組織、例えば海外企業、スタートアップ、研究機関などとの交流・連携を促進していくことが求められる。とりわけスタートアップは、AIやロボットなど新技術の活用力が高く、外部環境の変化を先取りした新製品・サービスの開発にも強みを有している。宣言企業がスタートアップと協働することで、成長戦略のアップデートに向けた気づきを得られることが期待される。実際、既存中小企業がスタートアップとの連携を通じて、新技術や新たなビジネスモデルを自社に取り込み、新規事業の開発や既存事業の強化につなげることが可能であり、スタートアップ側にも意思決定が迅速な中小企業と協働するメリットがあることが指摘されている(岩崎・岡田[2023])。国は、宣言企業と国内外のスタートアップとのマッチング機会の拡充や、共同研究開発を後押しする支援策などを通じて、両者の連携を一段と促進していくべきである。
参考文献
岩崎薫里・岡田直樹[2023]、「中小企業によるスタートアップとのオープンイノベーション」、日本総合研究所・エネルギー・文化研究所、JRIレビュー 2023 Vol.5, No.108.
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