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Economist Column No.2026-017

「パワーアジア」による供給網再編への期待:イラン情勢悪化が日ASEAN連携見直しの機会に

2026年05月11日 野木森稔


■ベトナム原油調達のための「パワーアジア」による金融支援
2026年5月の高市首相のベトナム訪問において、日本政府は同国ニソン製油所に対し原油調達を支援することを発表した。これは、2026年4月の日本が主導するアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC、注1)+オンライン首脳会合にて「アジア・エネルギー・資源供給力強靭化パートナーシップ(POWERR Asia、パワーアジア)」構想(注2)として立ち上げられた約100億ドル規模の支援枠組みにおける第一号案件となる。
この措置はあくまでも金融支援であり、ベトナムに原油を融通するといった直接的支援ではない(注3)。短期的な供給不足を直接解消する効果には限界があるとみられ、日本において懸念されている、医療関連の石油製品などの輸入問題を直ちに解消するものとは言えない。しかし、①原油備蓄だけでなく日本と連携したエネルギー・資源のサプライチェーン構築の推進が可能になる、②中国への依存を高めつつあるASEANの動きを変えるきっかけになり得る、という2つの点で、長期的なサプライチェーン形成に向けて大きな意味を持つ動きと考えられる。

■重要鉱物を含むASEANとの連携への期待
この「パワーアジア」は、ASEANを中心とした国々に対し、米国原油など原油や石油製品の代替調達や日本に関係がある企業(または 日系企業)の生産維持のための支援だけでなく、LNG、バイオ燃料、次世代太陽光、原子力などへのエネルギー源多様化のためのインフラ整備、さらに重要鉱物開発などの産業支援も含まれる。現在の動きは、ASEANが原油調達を日本に頼ろうとしている文脈として捉えられがちであるが、より幅広いエネルギー転換に向けた産業育成が連携して行われる可能性が高まった。
とくに重要鉱物における連携は大きな意味がある。ベトナムはレアアースの世界有数の埋蔵国であるが、精錬・加工分野が弱いとされ、日本との連携はそのサプライチェーン再編の加速に寄与する可能性が高い。また、フィリピンがニッケルや銅、インドネシアがニッケル、ボーキサイトなどの埋蔵量で世界トップクラスにある。さらにインドネシアは、それらの精錬・加工に関する産業を持っている。

■停滞気味だった日ASEAN経済連携が再強化へ向かう可能性
米中摩擦が激しくなるなか、米中間貿易の流れの変化によって、迂回輸出の拠点や「チャイナ・プラス・ワン」としての代替生産地として選ばれたASEANの製造業は、全体的に中国との経済関係を強めつつある。また、脱炭素分野においても、段階的移行を重視した日本より、欧米主導の脱炭素金融、さらには中国の再エネ・EV関連投資の存在感が先行し、日本主導のASEANとの連携は停滞気味だったと言える。アジアのエネルギー・トランジション支援を目的とする枠組みはAZEC以外にもいくつかあり、G7主導で「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」という枠組みも2021年11月に発表されていた。同枠組みでは、2022年11月、12月にインドネシアとベトナムへの支援がそれぞれ決定したものの、その後は大きな進展はない。背景には、石炭火力早期廃止などを強く求めるなど、ASEAN各国の実情があまり配慮されていなかったと指摘されている(注4)。
その点において、AZECは「各国の事情に応じた多様な道筋の下でネット・ゼロを目指す」とし、ASEAN各国を取り込むことへの優先度が高い(注5)。さらに、「パワーアジア」を具体策として発表したことで、近年重要性が高まるエネルギー安定供給とサプライチェーン強靱化にも重点政策に加わり、AZECはASEAN各国にとってより魅力的な枠組みとなった。イラン情勢悪化を機に、エネルギー供給の協力強化だけでなく、「パワーアジア」により進化したAZECの下で脱炭素関連を中心に産業支援協力も加速すると見込まれ、日ASEAN経済連携が再強化へ向かうきっかけにもなろう。

(注1)2022年に日本が提唱したAZECはAsia Zero Emission Communityの略称。豪州、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、日本、ラオス、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムの11カ国をパートナー国とした域内のカーボンニュートラル、ネット・ゼロ排出に向けた協力のための枠組み。
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/azec.html
(注2)POWERR AsiaはPartnership on Wide Energy and Resources Resilience Asiaの略称。高市首相は、この取組は、エネルギー安全保障、経済成長、脱炭素化の同時実現を目指すAZECに、経済・エネルギー強靱化の視点を加えて「AZEC2.0」に進化させる、としている。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/101012896.pdf
(注3)ただし、政府が間接的にかかわる形での融通は行われており、4月末に出光興産が同社の出資するベトナムのニソン製油所などに対して、ホルムズ海峡を通らないルートで調達した中東産原油400万バレル(ベトナムの1日あたり原油消費量の10日分程度)を供給すると報道された。原油調達において日本はベトナムよりもいくらか余裕はあっても、備蓄を直接融通するといった措置はとらない見込みであるが、ベトナムでのサプライチェーン途絶は日本にも影響が出るため官民連携での対応が行われた形になった。
(注4)2025年3月6日、米国がJETPから離脱(南アフリカ、インドネシア、ベトナムとの契約解消)を発表していることも影響している。
(注5)経団連はAZECを「EU主導で画一的な形で脱炭素を実現する動きが顕著であったなか、各国の事情に応じた多様な道筋により、アジアの脱炭素化・経済成長・エネルギー安全保障の同時実現(トリプルブレークスルー)を目指し、提唱したものである」と表現している。
https://www.keidanren.or.jp/policy/2025/058_honbun.html


※本資料は、情報提供を目的に作成されたものであり、何らかの取引を誘引することを目的としたものではありません。本資料は、作成日時点で弊社が一般に信頼出来ると思われる資料に基づいて作成されたものですが、情報の正確性・完全性を保証するものではありません。また、情報の内容は、経済情勢等の変化により変更されることがあります。本資料の情報に基づき起因してご閲覧者様及び第三者に損害が発生したとしても執筆者、執筆にあたっての取材先及び弊社は一切責任を負わないものとします。
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