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Economist Column No.2025-015

「企業価値担保権」の始動と今後の課題 ―企業と銀行は「緊密な連携」を構築できるか―

2026年05月01日 大嶋秀雄


■事業性融資推進法の施行 ― 「企業価値担保権」を活用した事業性融資の普及への期待
5月25日、「事業性融資の推進等に関する法律」(2024年6月成立。以下、事業性融資推進法)が施行される。事業性融資推進法は、不動産担保や経営者保証等に依存した融資慣行を是正し、事業の実態や将来性に着目した「事業性融資」を推進することを目的としており、具体的には、事業性融資の推進に関する基本理念や国の責務などを示すとともに、事業性融資に取り組みやすくする新たな担保制度として「企業価値担保権」を創設する(注1)。
企業価値担保権は、将来における財産を含む企業の「総財産」を一括で担保とする新たな制度であり、企業が持つ技術・ブランド力・顧客基盤といった無形資産や、事業による将来のキャッシュフローなども担保として評価される。有形資産が乏しい業種やスタートアップ企業、事業承継やリスクを取った事業展開時における資金調達など、事業性を評価した融資に活用されることが想定されている。金融庁の企業アンケート調査(2025年1月調査。以下、企業アンケート調査)をみても、今後メインバンクから受けたい融資として、56.2%の企業が「事業性を評価した担保・保証によらない融資」と回答するなど、企業における事業性融資への関心は高い。
金融機関にとっても、これまで融資が難しかった企業に対する資金支援が行いやすくなることに加えて、融資先への理解や取引関係が深まることで、融資だけでなく、預金・決済・非金融サービスなど、幅広い取引の獲得や、業況悪化の兆候を早期に把握して経営改善を支援することによる信用リスク顕在化の回避などが期待される。
2025年12月に策定された「地域金融力強化プラン」においても、重点分野の1つとして、企業価値担保権等を活用した事業性融資の普及が挙げられた(注2)。

■ 山積する課題(1)企業 ― 認知度・理解度の低さ、説得力のある情報提供、一行取引への懸念
もっとも、企業価値担保権を活用した事業性融資の普及には課題も多い。
企業における課題としては、まず、企業価値担保権の認知度・理解度の低さがある。企業アンケート調査によれば、企業価値担保権について「制度の内容を含めてよく知っている」との回答は1.8%、「制度の内容を含めてある程度知っている」との回答は12.7%にとどまっており、企業における認知度は依然低い(注3)。
事業の実態や将来性などに関する情報提供にも課題がある。企業アンケート調査によれば、中長期的な事業計画を作成している企業は28.9%にとどまるなど、中小・零細企業の多くが説得力のある情報提供ができない可能性がある。また、事業性融資では、事業の状況や資金繰り等に関する情報提供が求められるが、データが計測・整理されていなかったり、融資判断等で不利になる可能性のある情報を金融機関に提供することをためらうケースも考えられる。
そのほか、取引金融機関の集約への懸念もある。企業価値担保権を単独・第一順位で設定した場合、他の金融機関の回収順位が劣後することになり、一行取引につながりやすくなるとみられる。そのため、これまでの複数の金融機関との取引関係や、一行取引に伴う融資の条件悪化や謝絶などへの不安から、企業価値担保権の設定を躊躇する可能性もある。帝国データバンクによる「企業の資金調達に関するアンケート」(2025年12月~2026年1月調査)によれば、企業価値担保権に伴う一行取引について、「リスクヘッジのため避けたい」との回答(46.0%)は多い(注4)。

■山積する課題(2)金融機関 ― 人的リソースの増強、伴走支援体制の構築、収益性の確保
一方、金融機関においても課題は多い。
1つは、人的リソースの確保である。事業性融資では、融資先との対話を強化して非財務情報を含む様々な情報を収集し、事業を深く分析・評価する必要がある。また、融資実行時だけでなく、継続的に事業の状況等をヒアリングし、事業計画の達成に必要な支援を実施していくことが求められる。そのため、個別の融資先に対して、多くの人的リソースを投入する必要があり、従来の営業体制を見直し、営業担当者の増強や事業性評価の専門組織の設置などが必要となる可能性がある。しかし、低金利環境下に人員削減を進めたこともあって、地域金融機関を中心に人手不足が深刻化しており、人的リソース確保のハードルは高い。
また、伴走支援の態勢整備も容易ではない。事業性融資では、事業の成長や経営改善に向けた伴走支援が重要となる。近年、金融機関に期待される役割は多様化しており、資金支援だけでなく、事業戦略の助言や業務効率化、デジタル化、脱炭素化、人材確保、販路拡大など、非金融分野を含む多様な支援が求められるようになっている。とくに、企業価値担保権の設定によって一行取引となった場合、融資先が直面する様々な課題の解決への支援を期待されることになるだろう。また、融資先の業況が悪化した場合には、これまで以上に責任ある対応が求められる。
さらに、収益性の課題もある。事業性融資では、融資先との対話や事業性評価、期中管理などに、通常の融資に比べて多くのコストがかかることが想定される。信託報酬等を設定できるものの、事業性融資からの金利・手数料等で収益性を確保できるかは不透明である。非金融サービスによる課題解決支援(本業支援)など、多様なビジネス機会の捕捉による収益強化などが期待されるが(注5)、現状、本業支援についても収益性への課題が指摘されており、とくに、小規模な事業者から継続的に手数料等を獲得するハードルは高い。事業性評価のノウハウ蓄積や融資先とのデータ連携の仕組み構築、AI等を活用した省力化、非金融サービスを含めた収益源の多様化などを進め、収益性を確保していく必要がある。

■企業価値担保権の本質は企業と金融機関の「緊密な連携」の構築
課題が山積するなか、企業価値担保権を活用した事業性融資の普及に向けては、企業における認知度・理解度の向上や金融機関におけるノウハウ蓄積・態勢整備などを進めるとともに、企業と金融機関の間において、信頼に基づく「緊密な連携」の構築を実現することが重要となる。
そもそも、企業価値担保権は、必ずしも「担保」として価値があるものではない。金融庁も、「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方の公表について」(2025年7月)において、企業価値を「一般担保」(客観的な処分可能性がある担保)として扱うことは非常に難しく、企業価値担保権は、「借り手と貸し手の間に特別に緊密な関係を構築」する制度であると示している。事業性融資推進法においても、基本理念として「事業性融資の推進等は、会社及び債権者の相互の緊密な連携の下に、会社の事業の継続及び成長発展に必要な資金の調達等の円滑化に資するものとなること」(事業性融資推進法第3条)としている。実際、企業と金融機関の間で情報等の連携が十分に行われなければ、金融機関における適正な事業性評価は難しくなり、事業計画の達成に向けた伴奏支援や、業況悪化の兆候を捉えた早期の経営改善支援なども行えない。
したがって、企業価値担保権の本質は、「担保」そのものではなく、企業価値担保権という法的な裏付けをもった金融取引を行うことで、企業と金融機関の間の「緊密な連携」を構築することにある。形式的な「企業価値担保権」の設定になれば、企業は必要な伴奏支援を受けられず、他の金融機関による支援も難しくなり、かえって企業の成長の芽を摘んでしまう恐れがある。金融機関にとっても、実質的に「無担保」融資と変わらない状態となりかねない。
こうした信頼関係や連携の構築は一朝一夕にできるものではない。金融庁も件数の多寡ではなく質の高い取り組みを追求することが重要であると指摘するなど、企業価値担保権を活用した事業性融資を徐々に普及させていく姿勢である。金融機関においても、急いで案件を積み上げるのではなく、ビジネスモデルの再構築を進めながら、企業との信頼関係を地道に強化し、企業価値担保権を活用した事業性融資を普及させていくことが求められる。


(注1)そのほか、事業性融資推進支援機関の認定、事業性融資推進本部の設置などが定められている。詳細は、谷口栄治「新たな担保制度として創設される企業価値担保権 ~ 事業性融資の定着に向けて新制度の周知・利用促進が重要に ~」日本総研Research Eye No.2024-022(2024年6月11日)参照。
(注2)大嶋秀雄「「地域金融力強化プラン」の策定と今後の課題 ―地方銀行は地域金融力を高められるか―」日本総研Research Focus No.2025-060(2026年1月27日)。
(注3)「名前は聞いたことがあるが、制度の内容は知らない」との回答が32.4%、「知らない(名前も聞いたことがない)」・「分からない」との回答が53.1%となっている。なお、帝国データバンクが2025年12月~2026年1月に行った同様の調査においても、「制度の内容を含めてよく知っている」は1.7%(2025年1月調査対比▲0.1%ポイント)、「制度の内容を含めてある程度知っている」は15.0%(同+2.3%)となっており、企業における認知度は小幅な改善にとどまる。
(注4)「一行取引になっても構わない」との回答が 20.9%、「メリットが大きければ検討する」との回答が31.0%。
(注5)足元では、本業支援を強化する動きはみられるが、人手不足などもあって、十分に進んでいるとはいいがたい。詳細は、大嶋秀雄「「金利のある世界」で地銀に求められる本業支援の強化」日本総研Research Focus No.2024-060(2024年12月27日)。

※本資料は、情報提供を目的に作成されたものであり、何らかの取引を誘引することを目的としたものではありません。本資料は、作成日時点で弊社が一般に信頼出来ると思われる資料に基づいて作成されたものですが、情報の正確性・完全性を保証するものではありません。また、情報の内容は、経済情勢等の変化により変更されることがあります。本資料の情報に基づき起因してご閲覧者様及び第三者に損害が発生したとしても執筆者、執筆にあたっての取材先及び弊社は一切責任を負わないものとします。
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