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Economist Column No.2026-002

外国人政策は「制度」だけでなく「ナラティブ」が決める ― 豪州との比較から見える「選ばれる国」の条件 ―

2026年04月07日 井上肇


■日本の外国人政策は転換点に
日本の外国人政策は新たな局面に入っている。在留外国人は2025年末に412万人と過去最多を更新し、人手不足を背景に受け入れは拡大している。一方で、足元では永住や帰化の要件の厳格化、日本語能力要件の導入(主として永住許可や高度人材の在留資格審査における適用が検討されている)、在留資格の見直しなど、管理を強化する方向が鮮明になっている。さらに、外国人比率の上限設定や人口戦略への組み込みといった「総量管理」の議論も浮上しており、政策の軸は拡大から調整へと移りつつある。
こうした政策の変化は、日本が直面する構造的なジレンマを映し出している。少子高齢化により人手不足が深刻化するなか、外国人材は経済活動の維持に不可欠な存在となっている一方で、外国人の増加に対する不安や社会的摩擦への懸念も強まっている。実際、外国人政策は近年の選挙の争点としても浮上し、受け入れの必要性と社会的安定の確保という二つの要請の間で、政策は揺れ動いている。
しかし、日本の課題は制度設計の問題にとどまらない。制度の厳格化や管理の強化は、それ自体が外国人の受け入れに慎重な姿勢を示すメッセージとして受け止められうる。もちろん、ルールを守らない外国人に対しては厳格に対応するべきであるが、ルールを守る外国人については社会の一員として受け入れていくことが重要である。さらに、政府が外国人をどう語るかという言葉もまた、外国人を働き手としてみるのか、それとも社会の一員として受け入れるのかというナラティブ(社会的メッセージ)を形づくっている点は見過ごせない。外国人を「労働力」や「人材」としてのみ扱う見方は、彼らを一人の人としてではなく、働き手として見る傾向を強めやすく、そのことが外国人自身の日本への定着意欲に影響を与えるとともに、日本国民が外国人をどのように見るかにも影響を及ぼしうる。制度と言語の両方が、外国人をどう見るかを決め、その結果として外国人自身が日本に定着するかどうかを左右する。

■ナラティブが「選ばれる国」を決める
この点を考えるうえで、オーストラリアの移民政策は重要な示唆を与える。同国では、外国人は労働力であると同時に、将来的に社会の構成員となることを前提とした制度が設計されており、留学から就労、永住、さらには市民権に至る明確な経路が整備されている。近年は同国でも制度の厳格化が進んでいるが、それは主として求める人材を選別する方向での調整であり、移民を社会の構成員として位置づける基本的なナラティブは維持されている。実態としては一時滞在の長期化やいわゆるVisa Churn(在留資格の反復的な移行)といった現象もみられ、制度のみで定着が自動的に実現するわけではない(井上[2026a])。こうした点を踏まえても、移民は将来の市民であるという一貫したナラティブのもとで制度が運用されている点に特徴がある。
日本とオーストラリアの違いは、制度の有無よりも、このナラティブの違いにある。日本では外国人政策が主として労働需給の調整手段として位置づけられてきたのに対し、オーストラリアでは移民を社会の一員として組み込むことが政策の前提となっている。この違いは、企業の人材投資や地域社会での受容、さらには外国人自身の定着意欲にも影響を与え、結果として諸外国と比べた長期的な定着率や人材の質に差を生んでいる可能性がある。
制度、社会、ナラティブが同時に「締め方向」に動くことのリスクは小さくない。日本では現在、制度の厳格化、社会的な不安の高まり、そして外国人を労働力として捉える風潮が重なり合い、外国人にとって日本の魅力を相対的に低下させる可能性がある。こうした環境は、特に高度な技能や選択肢を持つ人材ほど日本を選ばなくなるリスクにつながる。近年、日本でも賃金は上昇傾向にあるものの、他の先進国と比べた水準や伸びは依然として見劣りしており、相対的な処遇は低下している。こうしたなか、アジア諸国を含めた人材獲得競争は激化しており、「働く場所」としてだけでなく「定着する国」として選ばれるかが問われている。
外国人政策においては、制度設計と同時にナラティブの再設計が不可欠である。筆者のこれまでの分析では、永住や定着に至る明確で予見可能な制度経路(Institution)、地域における雇用と生活基盤(Space)、留学生を含む入口段階での流入設計(Entry)の組み合わせが定着を左右することを示してきた(井上[2026b])。そのうえで、外国人を社会の構成員として位置づけるメッセージを国内外に発信すると同時に、受け入れが適切に管理されているという安心感を国民の間で共有し、社会的受容を安定させていくことを通じて、日本が「定着する国」として選ばれるための条件を整える必要がある。
日本の外国人政策の成否は、「どれだけ受け入れるか」ではなく、「どのような国として選ばれるか」にかかっている。短期的な不安に対応するための規制強化は一定の合理性を持つが、それが長期的な人材獲得における競争力を損なうのであれば本末転倒である。制度と社会、そしてナラティブを一体として設計する視点こそが、これからの外国人政策に求められる。

参考文献
井上 肇[2026a].『外国人留学生は定着人材となり得るのか ― 豪州の留学・学生ビザ制度にみる労働供給としての成果と人材育成・定着の課題 ―』, 日本総合研究所, リサーチ・フォーカス No.2025-063(2026年2月2日).
井上 肇[2026b].『「地域移民政策」は地方定着を実現できるか ― 豪州の地域ビザ制度にみる定着率約7割という成果と制度・空間・入口の重要性 ―』, 日本総合研究所, リサーチ・フォーカス No.2025-064(2026年2月3日).


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