Economist Column No.2025-081
中東情勢の緊迫化が長期化した場合に求められる財政・金融政策とは ― 第1次・第2次オイルショックの経験から学ぶ ―
2026年03月12日 石川智久
中東情勢の緊迫が続いている。当社では、緊迫した状況が短期で終息することをメインシナリオとしているが、長期化リスクも依然として燻っている。短期で終息した場合は、原油価格(WTI)は1バレル80ドル程度で推移すると見込まれるが、長期化した場合は、各国で原油在庫が取り崩され、1バレル120ドル前後が定着する懸念がある。そうなれば、「令和のオイルショック」となってもおかしくない。そこで、本稿では昭和の第1次・第2次オイルショック時の経験を振り返ることで、中東情勢緊迫が長期化した場合に適切な経済政策とはどのようなものかについて述べたい。
■第1次と第2次での経済政策の違いは何か
第1次オイルショックは、日本経済に大きな悪影響を与えた。一方で、第2次オイルショックは、第1次オイルショックよりも悪影響が小さかった。それはなぜだろうか
端的に言えば、第1次オイルショックは原油価格の高騰だけでなく、賃金の大幅上昇や田中角栄首相の列島改造論に合わせた積極的な財政支出によって、いわゆる「ホームメイドインフレ」が起きたことが、マクロ経済に悪影響を与えたからである。一方で、第2次オイルショック時には、第1次オイルショックの経験を踏まえ、財政・金融政策ともにインフレ抑制を主眼とし、早めの金融政策の引き締めや賃金上昇の抑制に踏み切った。
具体的には、まず春闘賃上げ率をみると、第一次オイルショック時(1974年)が前年比+32.9%、第2次オイルショック(1980年)のときには同+6.74%と大幅に異なる。また、当時の政策金利である公定歩合は、第1次オイルショックと第2次オイルショック時はいずれも9%程度とほぼ同じであるが、消費者物価上昇率は、1974年が前年比+で23.2%、1980年には+7.7%であり、いわゆる実質金利で見ると、第2次ショック時の金融政策の方が引き締め的であった。こうした政策の違いもあり、実質経済成長率をみると、第一次ショック勃発翌年の1974年度は▲0.5%とマイナス成長となったが、第二次ショック勃発翌年の1980年度は+2.6%とプラス成長を維持した。その事実をもって、「オイルショックの悪影響を先進国の中で1番上手く乗り切ったのは日本」と言われるようになった。
■昭和のオイルショックの経験から得られる示唆は何か
このことから、原油価格高騰が長期化した場合には、国内的な要因でインフレを加速させないことが重要であると言えよう。まず、財政政策については、過度に需要を刺激するような施策を避けていくべきである。特にわが国ではデフレギャップが解消されつつあるなか、抑制的な財政政策が一層求められる状況にある。賃金については、構造的な人手不足であることから、抑制は難しいところであるが、生産性向上等を通じてユニットレイバーコストを上昇させない取り組みが求められる。そのうえで、金融政策は引き締め気味に運営していくべきである。途半ばの金融政策の正常化が遅れれば、円安が進み、輸入インフレが加速する。もちろん、利上げペースは状況に応じて適切に調整していくべきであるが、インフレ加速を避けるためには、大きな方向性として着実な金融引き締めが求められる。
供給ショックによるインフレに対して、需要刺激的な政策で応えることは、結果的にインフレを加速させて国民生活を一段と圧迫する恐れがある。情勢の緊迫化が長引く場合には、従来以上にインフレ抑制を重視する財政・金融政策が求められるといえよう。
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