Economist Column No.2025-079
エネルギー問題で重要となる対策の時間軸 ― 中東危機、AI普及で重要性が増すエネルギー政策 ―
2026年03月11日 大嶋秀雄
■中東情勢の緊迫化による化石燃料の供給不安
米国・イスラエルによるイラン攻撃によって中東情勢が緊迫化するなか、イランによるホルムズ海峡の閉鎖や化石燃料関連施設への攻撃などによる化石燃料の供給不安から、3月9日(日本時間)にかけてWTI原油先物価格(原油価格)が1バレル119ドルまで上昇、欧州・アジアの天然ガス価格も大幅に上昇するなど、化石燃料価格が高騰した。トランプ米大統領の「戦争はほぼ終了」との発言やライト米エネルギー省長官の「米国によるタンカー護衛」との投稿(ホワイトハウスは否定)などから原油価格は一時76ドルまで下落したが、米国政府からの情報が二転三転していることもあって、原油価格は再び上昇に転じるなど、化石燃料価格は乱高下を続けており、先行きは依然見通せない。
化石燃料の価格高騰が長期化したり、供給不足が本格化した場合、化石燃料輸入国の経済に大きな影響を及ぼす。とりわけ、わが国は、諸外国に比べて一次エネルギー供給における中東産化石燃料への依存度が高く、深刻な影響が懸念される。国際エネルギー機関(IEA)は、加盟国に対して輸入量の90日分相当の原油・石油製品の備蓄(石油備蓄)を義務付けており、わが国を含め200日分以上を備蓄(含む民間)する国もあるため、当面は供給途絶といった事態は回避できるものの、すでに複数の国の石油・石油化学関連企業などが調達困難による「不可抗力(フォースマジュール)条項」の宣言をしているように、少なからず影響が顕在化している。
また、今次危機が一旦収束しても、中東における火種はくすぶり続けると考えられ、エネルギー・資源安全保障の観点から、わが国を含めた各国はエネルギー政策などの見直しを迫られるだろう。
■エネルギー問題で重要となる対策の“時間軸”
こうしたエネルギー問題への対応では、対策の時間軸が重要となる。たとえば、化石燃料が使えないとすれば、化石燃料以外のエネルギー、たとえば、再生可能エネルギー(再エネ)や原子力などの活用が考えられるが、発電所等の新設には、計画から稼働まで時間(リードタイム)を要するため、眼前の危機への対策には適さないことが多い。加えて、発電所等の新設にかかるリードタイムは電源毎に大きく異なり、経済産業省の資料によれば、一般的に、事業用太陽光発電・蓄電所で4~5年、風力・地熱・水力・火力発電は10年前後、原子力発電(原発)に至っては20年前後必要となる。わが国は、未稼働の原発を多く抱えており、原発でも比較的短い期間で発電設備容量の強化が可能ながら、現時点では再稼働の道筋は不透明である。また、発電所等を新設した場合には、送電網などの整備にも時間を要する。
したがって、エネルギー問題への対応を検討する際には、短期的な効果を期待する対策、中・長期的な効果を期待する対策など、時間軸に留意する必要がある。
■ウクライナ危機における事例 ― EUによる化石燃料のロシア依存からの脱却に向けた戦略「REPowerEU」
参考になる事例として、ウクライナ危機を受けて、2022年に欧州連合(EU)が策定した、化石燃料のロシア依存からの脱却を目指した戦略である「REPowerEU」がある。REPowerEUは、「省エネの推進」、「エネルギー供給の多角化(代替調達)」、「再エネ移行の加速」の3つの柱で構成され、全体として、短期的な効果が得られる施策を重視している。たとえば、「省エネ」を最も迅速かつ安価な方法としているほか、「再エネ」では、リードタイムが短い太陽光発電を重視し、とりわけ迅速に設置できる屋上への導入加速が示されている。欧州委員会は、「EU Solar Rooftop Initiative」を掲げて、新設の公共施設・商業施設・住宅などへの太陽光発電設備の設置義務化などを加盟国に要請し、足元では、ドイツにおける太陽光発電の設備容量の約7割が屋上の設備とされる。そのほか、移行期間におけるエネルギー価格高騰・変動に脆弱な個人・中小企業への支援の充実や、多国間の備蓄・供給制度の整備・強化、関連投資の促進に向けた資金支援制度なども含まれている。
今回の中東情勢の緊迫化は、ウクライナ危機とは異なり、必ずしも中東依存から脱却する必要はないものの、対策を検討するうえで参考にすべきだろう。
■データセンター等による電力需要への対応でも時間軸が重要に
こうした時間軸の考え方は、今回の中東情勢の緊迫化に限らず、エネルギー問題への対応を検討するうえで重要となる。とくに近年は、各国において、大量の電力を必要とするデータセンターや半導体工場の新増設などによる電力需要の増加への対応が課題となっている。一般的に、データセンター等の建設期間が数年であるのに対して、前述の通り、発電所等の新設にはより長い時間を要するため、電力の確保がボトルネックになりやすい。
わが国でも、2025年2月策定の第7次エネルギー基本計画におけるエネルギー需給の見通しをみると、データセンター等による電力需要の拡大や脱炭素推進等による電化率の上昇などによって電力需要が増加する見通しとなっており、電力供給の強化が求められている。目先の電力需要の増加に対しては、大規模な発電所の建設では対応できないため、省エネの推進や既存発電設備の効率的・継続的な利用に加えて、リードタイムが短い太陽光発電・蓄電池、とくに、迅速に設置できる屋上の太陽光発電の増強などが選択肢となるだろう(注1)。また、わが国では、再エネの増加に加えて、2024年以降、蓄電所事業が急増するなか、送電網への「接続待ち」の増加が問題となっており、送電網や蓄電所などの計画的・効率的な整備も課題となる。核融合(フュージョンエネルギー)や次世代革新炉などは、当面の供給不安や電力需要の増加への活用は難しいものの、有望な技術であることは間違いなく、長期的な観点で取り組んでいくべきだろう。
■一段と高まるエネルギー政策の重要性
中東情勢の緊迫化やデータセンター等による電力需要の増加を受けて、エネルギー政策の重要性が増している。グローバル・サプライチェーンやエネルギー需要を巡る状況は日々変化する一方、エネルギー供給側の対応には時間を要することが多く、各国は難しい舵取りを迫られる。とりわけ、発電所等の新設には長いリードタイムを必要とし、ひとたび稼働すれば、事業用太陽光・風力発電所で20~25年、火力発電所で30~40年、原子力発電所は40~60年といった長期間稼働することになるため、時間軸を考慮した対応が不可欠となる。また、エネルギー供給体制の見直し等は長い時間軸で進める必要があるため、政府のエネルギー政策の一貫性や予見可能性も不可欠となる。政権交代等でエネルギー政策が度々変わることになれば、エネルギー供給体制の見直し等が難しくなり、将来的に、エネルギー供給の不安定化などにつながる恐れがある。
わが国は、エネルギー資源の大半を海外に依存し、エネルギーの確保が長年課題となってきたが、足元では、これまで以上に、エネルギー政策の重要性が増している。わが国政府には、足元における外部環境の変化も踏まえて、時間軸を意識したエネルギー政策の立案・推進が求められる。
(注1)再エネの促進は「エネルギーの国産化」を進めるものであり、今回の中東情勢の緊迫化のような、化石燃料の価格高騰・変動の影響も受けにくくなるため、エネルギー・資源安全保障や経済安全保障にも直結する。
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