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Economist Column No.2025-060

賃上げ促進税制の改正に向けて - 大・中堅企業のハイレベルな賃上げを後押ししつつ、企業の予見可能性に配慮すべき -

2025年12月10日 細井友洋


令和8年度税制改正に向けた与党内での議論が大詰めを迎えており、賃上げ促進税制の対象から、大企業と中堅企業を除外する案が検討されているとの報道がある。同税制の縮小は一定の財政改善効果をもたらす一方、賃上げモメンタムを後退させる懸念もある。

■賃上げ促進税制について
賃上げ促進税制は、企業の賃上げ率に応じて法人税等が控除される仕組みである。同税制は、賃上げ加速に向けた目玉政策として第二次安倍政権で導入され、その後も改正が重ねられてきた。最新の改正は岸田政権下の令和6年度に行われ、従前の大企業枠と中小企業枠に加え、中堅企業枠(大企業のうち、従業員数が2000人以下の企業)が新設された。
前回の改正内容は3年間有効であり、本来、同税制は令和8年度の改正対象ではない。それにもかかわらず、改正が議論されている背景として、同税制の利用数や減収規模の大きさが挙げられる。同税制は多くの企業に活用されており、財務省によれば、令和5年度の利用法人数は25.4万社に上る(同年度の利益計上法人の2割に相当)。また法人税等の減収額も多額であり、令和6年度改正時の試算によれば、平年度の減収額は約▲1.3兆円に達する 。

■大・中堅企業のハイレベルな賃上げを後押しすべき
長期金利が上昇するなど、財政規律に対する市場からの圧力が高まるなかで、減税措置の効果を検証し、制度を見直すことは重要である。仮に賃上げ促進税制から大企業と中堅企業を除外する場合、単純計算で0.5兆円程度の税収増となり、相応の財政改善効果が期待できる。
ただし、思い切った税制の縮小が賃上げモメンタムを後退させるリスクがあることにも留意が必要である。11月の政労使の意見交換で、高市首相は来年の春闘に向けて、5%超の賃上げの定着を要請した。春闘は労働組合を有する規模の大きな企業が中心であるため、大・中堅企業は積極的に高い賃上げを目指すことが期待される。とくに中堅企業は、令和6年度に法改正を経て新設された企業類型であり、政府の「中堅企業成長ビジョン」(令和7年2月)においても、大胆な賃上げが期待される企業群と位置づけられている。それにもかかわらず、主要政策である賃上げ促進税制の対象から除外すれば、「政府はそれら企業の賃上げを重視していない」という誤ったメッセージを経営者に与えてしまう恐れがある。
このため、枠を廃止するのではなく、大企業と中堅企業のハイレベルな賃上げを後押しするような改正を目指すべきではないか。具体的には、税制利用の要件となる賃上げ率を引き上げることを提案する。現状、大企業では3、4、5、7%、中堅企業では3、4%が要件となっており、賃上げ率が上昇するほど税の控除率も上昇する。これを例えば4、5、6、8%などのより厳しい要件に一本化してはどうか(具体的な要件は、これまでの利用実績や効果検証を踏まえつつ設定)。中堅企業については、大企業と同じ賃上げ率であっても控除率を大きくすることで、賃上げのインセンティブを強化する方向性が考えられる。

■企業の予見可能性への配慮も必要
賃上げ促進税制は多くの企業が利用しているため、企業の予見可能性に配慮した改正が求められる。報道を踏まえれば、今回の改正議論は大・中堅企業枠のみならず、中小企業枠を含む賃上げ促進税制全体のあり方に波及する可能性もある。
他方、現行の要件や控除率が令和8年度まで有効であることを前提に賃上げの計画を立てている企業もあるため、想定外の制度変更が混乱をもたらす恐れがある。とりわけ、中小企業は大・中堅企業に比べて経営体力に乏しいため、急な制度変更が賃上げ計画に及ぼす影響が大きい。
このため、税制を利用できる企業範囲の縮小を伴うような改正は、当初の有効期間の経過後、具体的には令和9年度以降に行うことが適当と考える。



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