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Economist Column No.2025-040

学校基本統計速報値にみる教育政策の課題 ―学校統廃合・特別支援教育・高校教育・女子教育の再考を―

2025年09月03日 池本美香


8月27日、令和7年度学校基本統計の速報値が公表された。特筆すべき新しい変化がなかったためか、新聞等での報道はごく限られていたが、本稿では調査結果をふまえ、再考が必要と思われる教育政策の課題を整理する。

■学校数の減少と子どもへの影響
1つ目は、少子化に伴う学校統廃合の動きである。小学校と中学校の在学者数は過去最少であり、この1年に小学校は215校、中学校は55校減少した。文部科学省は学校規模の標準を、小中学校ともに12学級以上18学級以下と定めているため(注1)、子どもの数が減って学級数が維持できなくなれば統廃合が検討される。そのため、この10年で小学校の在学者数は11%減少したが、一校当たりの在学者数は318人から312人への小幅な減少にとどまる。
同省は「学校では、児童生徒が集団の中で、多様な考えに触れ、認め合い、協力し合い、切磋琢磨することを通じて思考力や表現力、判断力、問題解決能力などを育み、社会性や規範意識を身に付けさせることが重要であること等から、学校は一定の規模を確保することが重要」(注2)とする。しかし、子どもの側から見れば、学校統廃合は通学の負担増などマイナスの影響もある。大規模校になじめずに小規模校を選んだものの、統廃合で大規模化することで学校に行きづらくなる子どももいる。
一昨年のこども基本法施行をふまえ、子どもの最善の利益を軸に検討すれば、統廃合一辺倒ではなく、異年齢でのクラス編成(注3)や山村留学(注4)などの取り組みを国が積極的に評価し、広く選択できるように後押しすることも必要ではないか。保育では、定員に余裕のある園が短期で国内外から親子を受け入れる取り組みが、国土交通省などから表彰され、広がりを見せている(注5)。地域外や国外からの子どもの受け入れは、その地域の子どもの教育にもプラスになる。

■特別支援学校の在学者数が過去最多に
2つ目は、特別支援教育である。子どもの数は減少する一方、障害のある子どものみを対象とする特別支援学校の在学者数が過去最多を更新し続けている。日本が批准している国連の子どもの権利条約および障害者権利条約をふまえれば、障害のある子どもが必要な支援を受け、通常の学校・学級で学ぶインクルーシブ教育が原則として期待されている。こども基本法に照らしても、特別支援学校の膨張は見過ごせない問題である。高校の定員内不合格など、障害のある子どもを排除しつつ、定員割れによる学校統廃合の動きもみられるが、これまで分離・排除されてきた子どもを、通常の学校で積極的に受け入れるインクルーシブ教育に転換できる好機ととらえるべきである。
こども基本法は、全ての子どもについて、「差別的取扱いを受けることがないようにすること」、「自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会及び多様な社会的活動に参画する機会が確保されること」を基本理念に掲げる。障害のある子どもの意見を十分に踏まえた検討が不可欠である。

■10人に1人が通信制となった高校教育
3つ目は高校教育である。学校基本統計の報道発表資料には記載がないが、公表されたデータを確認すると、高等学校の在学者数が減少傾向にあるなか、通信制の在学者数は10年で1.7倍に増加、高校生の約10人に1人が通信制に通う状況となっている。通信制の入学動機としては、学業以外の活動との両立や、教育内容の魅力などもあるものの、不登校やいじめの経験、精神的な疾患などにより対人関係に困難を抱えているケースや、学習の遅れや障害に合わせた支援が必要なケースが多くなっている(注6)。
不登校(年間30日以上欠席)の中学生は2013年度の9万5千人から、2023年度には21万6千人と10年で2倍以上に増えている(注7)。対人関係や学習面で困難を抱える子どもが通信制に集まる傾向は、前述の障害児が特別支援学校に集まる傾向と同様に、インクルーシブ教育に逆行している。諸外国では子どもの権利条約に沿って、義務教育期間の延長、高校ごとの入学者選抜の廃止、インクルーシブな学校運営(総合制)、学校運営や教育行政の検討における子どもの意見の反映(生徒参加)などの動きがある(注8)。日本でもこども基本法施行をふまえ、高校教育の在り方を再考すべきである。

■女子教育の課題
4つ目は女子の教育をめぐる問題である。通信制高校の在学者の内訳をみると、2022年以降、女子が男子を上回り、2025年には女子の占める割合が54%にまで高まっている。背景に女子の不登校が増加している可能性などが示唆されるが、急増する不登校児童生徒数について、国は男女別のデータを取っていない。もっとも、厚生労働省が警察庁自殺統計原票データより作成した資料(注9)によれば、小中高校生の自殺者数は女子の増加が目立っており、2024年には女子が男子を上回っている。女子のメンタルヘルスの悪化が懸念される。
文科省は今般の報道発表で、大学学部学生や中学・高校・大学の教員に占める女性割合が過去最高になった(注10)と紹介する一方、通信制高校の在学者数に占める女性割合の上昇には言及していない。女性活躍に向けた女子教育の議論も道半ばだが、女子の心身の健康維持に向けた取り組みも急務といえよう。日本では妊娠を理由に高校退学を迫られるケースも報告されているが(注11)、生徒の学業と子育ての両立支援に積極的に取り組む学校を設置する国(注12)もある。
日本政府は国連子どもの権利委員会から、年齢、性別、障害、地理的所在、民族的出身および社会経済的背景別に細分化されたデータ収集システムとすること、そしてそのデータを政策立案に活用するよう勧告されている(注13)。男女別のデータ収集を強化するとともに、多くの時間と予算が投じられた統計を、政策立案のために徹底活用することが求められている。


(注1)学校教育法施行規則第41条および第79条
(注2)文部科学省「公立小中学校の統廃合をお考えの皆さまへ ~児童生徒のより良い教育環境の確保に向けて~」令和7年3月
(注3)廃校にせず異年齢集団を基本単位とするイエナプラン教育を導入し、地域外からも生徒を集めている福山市立常石ともに学園の取り組みが参考になる。
(注4)NPO法人全国山村留学協会「2023年度版全国の山村留学実態調査報告書」によれば、山村留学参加者数は若干の増減はあるものの、大きな流れとしては増加傾向にあると考えられている。
(注5)株式会社キッチハイクによる保育園留学の取り組み。
(注6)文部科学省「定時制・通信制の課程を置く高等学校について」(令和5年度、株式会社富士通総研受託調査)P.13
(注7)文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」
(注8)拙稿「こども基本法施行を踏まえた高校教育の課題―求められる適格者主義からの脱却」日本総研『JRIレビュー』2025 Vol.5, No.123 も参照されたい。
(注9)厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課「令和6年中における自殺の状況」2025年3月28日
(注10)学部学生に占める女性割合は46.1%、教員に占める女性割合は中学校で45.0%、高等学校で34.1%、大学で28.2%といずれも過半数に達していない。
(注11)文部科学省「公立の高等学校(全日制及び定時制)における妊娠を理由とした退学に係る実態把握結果」2018年
(注12)ニュージーランドのTeen Parent Unitsなど。
(注13)日本の第4回・第5回統合定期報告書に関する総括所見(2019年3月5日)



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