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Economist Column No.2025-032

中小企業の賃上げ促進に向けて - 改正下請関連法を価格転嫁の起爆剤に -

2025年07月14日 細井友洋


連合が7月3日に発表した2025年春闘の最終集計によれば、賃上げ率は+5.25%と、34年ぶりの高水準となった。他方、中小企業は賃上げに苦戦している。賃上げの原資を確保するには、生産性の向上と適切な価格転嫁が重要であり、中小企業にはいずれも大きな課題となっている。とくに、価格転嫁については、中小企業単独の努力では解決が難しく、取引先の大企業を含む、サプライチェーン全体での改善が不可欠となる。

■中小企業の賃上げと価格転嫁の状況
中小企業の賃上げは厳しい状況にある。日本商工会議所が6月に公表した調査結果によれば、2025年度の中小企業の平均賃上げ率は+4.03%、小規模企業に絞ると+3.54%であり、春闘の賃上げ率(労働組合を有する大企業や規模の大きな中小企業が中心)とは開きがある。中小企業の労働分配率は8割程度と、大企業(5割程度)を大きく上回り、生産性の向上だけで賃上げの原資を生み出すのは難しい状況にある。このため、賃上げ費用(労務費)を含むコスト上昇分を発注側企業との取引価格に転嫁することが重要となる。政府は2016年以降、中小企業の価格転嫁対策に本腰を入れており、成果も出ている。経済産業省の調査によれば、発注側企業との間で価格交渉が行われたと回答した中小企業の割合は、2025年3月時点で89.2%となり、大半の企業が発注側企業と取引価格を協議する機会を得ている。他方、価格転嫁率(上昇したコストのうち何%を取引価格に転嫁できたかの平均値)は52.4%にとどまり、十分な価格転嫁ができているとは言いがたい。

■価格転嫁促進に向けた下請関連法の改正
こうした状況を踏まえ、中小企業の価格転嫁をさらに促進する観点から、本年の通常国会で、下請代金支払遅延等防止法(以下、「下請代金法」という)の改正が行われた。改正内容は多岐にわたるが、以下、中小企業の価格転嫁促進につながると思われるものを紹介する(今回の改正により法律名や用語も変更されたが、本コラムでは従来の名称を使用する)。
下請代金法は、下請取引における発注側企業の不当行為(いわゆる「優越的地位の濫用」)を規制し、受注側企業の利益保護を図る法律である。本法に定める「禁止行為」への違反が認められた場合、公正取引委員会は、発注側企業に対して、受注側企業が被った不利益の原状回復措置を勧告し、その事案を公表する。今回の改正内容のうち、とくに以下の二点が価格転嫁の促進に資すると考えられる。
第一に、「協議に応じない一方的な取引価格の決定の禁止」である。受注側企業から価格協議の求めがあったにもかかわらず、発注側企業が協議に応じない、必要な説明を行わないなど、一方的に代金を決定する行為を新たに禁止する。改正前においても、買いたたきが禁止行為に位置付けられていたが、その認定には、「通常の対価」がいくらなのかの判断が必要であり、公正取引委員会にとって違反認定のハードルが高いという課題があった。今後は、価格交渉プロセスの適切性に着目した違反認定を行えるようになり、受注側企業のコスト上昇に見合わない、不当な取引価格の決定などへの勧告を実施しやすくなる。
第二に、「従業員基準の追加」である。ある取引が本法の適用対象になるか否かは、取引内容だけでなく、企業規模の大小によっても判断される。従来、企業規模の基準は資本金額のみであったが、今後は従業員数も追加される。具体的には、製造委託等の取引では、従業員数が300人を超える企業が300人以下の企業に発注を行う場合、本法の適用対象になる。改正前は、発注側企業が本法の適用を逃れるために、自ら減資を行ったり受注側企業に増資を行わせたりするといった事案が発生していた。従業員数は資本金額に比べて操作しにくいため、今後はより多くの受注側企業が法の保護を受け、価格交渉・転嫁がしやすくなる。

■法改正内容の周知と機運醸成が必要
今回の法改正では、上記の内容以外にも、中小企業の価格転嫁を促進するための政策ツールの強化がなされている。これらが有効に機能するためには、来年1月1日の改正法施行に向けて、改正内容を発注側・受注側企業の双方にしっかりと周知・広報していく必要がある。
また、価格転嫁促進に向けた社会の機運醸成も重要である。トランプ関税を受けて、輸出企業を中心に業績への不透明感が高まっている。こうしたなかで、サプライチェーンを構成する中小企業が価格転嫁を主張しにくくなり、賃上げが滞れば、デフレに逆戻りする恐れもある。逆風のなかでも賃上げを定着させるためには、発注側・受注側企業のみならず、そこで働く従業員、そして最終製品・サービスを需要する消費者のそれぞれが価格転嫁の重要性を認識する必要があり、官民が連携した社会への働きかけが求められよう。



※本資料は、情報提供を目的に作成されたものであり、何らかの取引を誘引することを目的としたものではありません。本資料は、作成日時点で弊社が一般に信頼出来ると思われる資料に基づいて作成されたものですが、情報の正確性・完全性を保証するものではありません。また、情報の内容は、経済情勢等の変化により変更されることがあります。本資料の情報に基づき起因してご閲覧者様及び第三者に損害が発生したとしても執筆者、執筆にあたっての取材先及び弊社は一切責任を負わないものとします。
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