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Economist Column No.2025-030

トランプ「相互関税」が日本経済に迫る構造調整~「成長の起点」として活かす戦略を

2025年07月11日 西岡慎一


■高関税は製造業に打撃、賃上げ機運もトーンダウン
トランプ米大統領は新たな「相互関税」を各国に通知しており、日本には8月から一律25%の関税が課される見通しとなった。今後の交渉次第で変更される可能性もあるが、日米交渉が難航するなかで改めて高税率が提示されたことで、関税引き上げリスクは一段と現実味を増している。
仮に、関税が通告通りに実施された場合、日本製品の価格競争力は大きく揺らぐ。筆者らの試算によれば、すでに実施されている関税に加え、今回の追加関税が全面的に適用されると、日本の対米輸出額は年間4~6兆円減少する見通しである。
この輸出減は企業収益に直結する。製造業の収益は2割以上減少し、製造業の賃上げ率も足元の前年比3%台から来年には2%に低下する可能性が浮上している。これまで賃上げを主導してきた製造業が失速すれば、春闘をはじめとする賃上げ交渉全体に慎重ムードが広がる。

■高関税が強いる構造調整、地域経済の活力低下に
こうした関税措置は、企業収益や賃金といった短期的な影響にとどまらず、日本経済の構造にも変化を迫る可能性がある。なかでも、製造業の雇用調整がその起点となる。筆者らの試算では、対米輸出が年4~6兆円減少した場合、米国への生産移転などを通じて産業空洞化が進み、5年間で60万人規模の雇用が失われる恐れがある。
もちろん、製造業の雇用調整が深刻化しても、非製造業では深刻な人手不足が続いており、転職市場も成熟しつつある。製造業従事者の多くは他産業に吸収されることから、全国的な雇用悪化は生じにくい。
しかし、急激な雇用悪化を回避できたとしても、製造業が集積する地方経済はボディーブローのような打撃を受ける恐れがある。製造業からの労働移動が地域経済の活力を削ぐ方向に作用することがその一端にある。
地方では、製造業から他産業への転職先の多くが、小売、運輸、医療といったエッセンシャルワークである。こうした産業では、製造業と比べて労働生産性が低いため、地域全体としての生産性が低下する傾向にある。低生産性部門への労働移動が成長力を低下させる現象は「ボーモル病」として知られ、地方ではこうした症状が顕著に現れやすい。
また、製造業の雇用調整は首都圏への人口流出を加速させる可能性もある。首都圏には情報通信や金融などの高付加価値なサービス業が集積し、コロナ禍後、賃金水準や職種の多様性の面でその優位性が一段と増している。製造業の雇用が縮小すると、首都圏のそうした産業が若年層をさらに惹きつけ、地方経済の活力が一段と低下しかねない。
さらに、製造業の縮小は、産業集積の低下を通じて、生産性を引き下げる面もある。産業集積は、関連企業が特定地域に集中することで、サプライチェーンの効率化、人材の確保、技術の伝播などを促し、労働生産性の向上に寄与する。実際、北関東・甲信地域や東海地域では、集積の高さが生産性の底上げに貢献したことで知られる。今後、雇用調整に伴って事業所や工場が減少すると、集積効果が低下し、製造業の生産性が引き下げられる恐れもある。

■試練を成長の起点に変える戦略
トランプ関税がもたらす製造業の縮小は、日本経済にとって大きな試練である。しかし、これを単なる防衛的な対応にとどめず、むしろ「成長の起点」として積極的に活かす姿勢が求められる。そのためには、製造業の自己変革と産業集積の再構築を軸とした戦略的な対応が不可欠である。
日本の製造業は、米国への高い依存度を見直し、欧州やアジアなど地政学リスクの影響を受けにくい地域への市場展開を加速させることが急務である。販路開拓のためにも、デジタル技術やロボット技術を積極的に導入することで、輸出製品の国際競争力を高めることも必要である。
さらに、産業集積の再構築も重要な柱となる。半導体産業や再生可能エネルギーなどの分野では、自治体、教育機関、企業などが連携したクラスター型の集積が各地で芽生えつつある。また、近年、首都圏だけでなく、大阪市や福岡市などの地方都市にも高付加価値サービス業が立地し、人口流入も進んでいる。インフラ整備、人材育成、スタートアップ支援など多面的な施策を地域の実情に応じて展開することで、地方都市が首都圏を補完する成長拠点として機能することが期待される。
今回の関税措置は、日本が長らく先送りしてきた構造改革を本格的に進める契機となりうる。政府、企業、地域社会が一体となってこの試練に立ち向かい、日本経済の持続的成長へとつなげるための知恵と実行力が問われている。



※本資料は、情報提供を目的に作成されたものであり、何らかの取引を誘引することを目的としたものではありません。本資料は、作成日時点で弊社が一般に信頼出来ると思われる資料に基づいて作成されたものですが、情報の正確性・完全性を保証するものではありません。また、情報の内容は、経済情勢等の変化により変更されることがあります。本資料の情報に基づき起因してご閲覧者様及び第三者に損害が発生したとしても執筆者、執筆にあたっての取材先及び弊社は一切責任を負わないものとします。
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