■株価や不動産価格と連動する個人消費
香港の実質個人消費は、2008年春以降の世界的な物価上昇、それに続く中継貿易、資産価格の落ち込みにより、前期比マイナスで推移した後、2009年4~6月期に前期比4.0%(年率17%)と5期ぶりにプラスに転じた。
香港においても個人消費は、株価と住宅価格に強い相関関係がある。1997年から2008年における住宅価格、および香港ハンセン指数と実質個人消費の相関係数は、それぞれ0.69、0.68と高い。一方、実質現金給与総額と実質個人消費の相関係数は、0.19と比較的低い。失業率と実質個人消費は、▲0.77と強い負の相関関係にある。
香港では家計が保有する金融資産に占める株式や投資信託、不動産の割合が高いため、株価や住宅価格の変動が消費マインドに及ぼす影響がより大きくなると思われる。
■上昇する株価と住宅価格
上記を踏まえると、2009年4~6月期の個人消費がプラスに転じた第一の要因は、株価や住宅価格の上昇と考えられる。2008年秋口から急落した香港ハンセン指数と住宅価格が12月末から2009年6月末にかけて、それぞれ27.7%、14.4%上昇した。とりわけ、香港ハンセン指数は第2四半期に(3月末から6月末まで)35.4%(4,803ポイント)上昇し、四半期ベースでは過去15年で最大の伸び率となった。消費マインドの好転および売却益の増加が消費拡大に作用したと考えられる。
足元の資産価格の上昇は、中国の金融緩和策により香港への資金流入が急増したことが一つの要因である。中国の1~6月期の新規銀行融資額は、2008年の年間総額の1.5倍に相当する7兆3,700億元に達し、この一部が香港の株式市場や住宅市場に流れ込んだものとみられる。現地メディア『文匯報』によれば、投資移民申請数(住宅などに650万香港ドル以上の投資を行った者に申請資格)は2008年7~9月期の766件から2009年1~3月期に542件に落ち込んだものの、4~6月期に793件と急回復した。申請者の8割が中国本土および海外在住の中国人であった。
海外からの資金流入による住宅価格の押し上げ効果を把握するために、資金流入が無かった場合の(香港経済のファンタメンタルズをもとにした)住宅価格を試算した。ここでは、失業率と住宅ローン認可額を説明変数とした。この推計式によれば、第一に、失業率が改善すると、住宅需要が増加して、住宅価格が上昇する。第二に、住宅ローン認可額が増加すれば、住宅購入資金が増え、住宅価格が上昇する。本来であれば、賃金の変動を考慮すべきであるが、2009年4~6月期のデータが発表されていないため、推計式に組み込んでいない。
推計では、資金流入が無かった場合の住宅価格は、1~3月期に失業率の上昇を反映して一段と下落し、4~6月期は住宅ローンの増加により底入れするという結果となった。推計値と実際の価格の乖離率は、足元では約30%に拡大している。すなわち、海外からの資金流入により、住宅価格は3割程度押し上げられたとも考えられることになる。
第二に、金融取引・不動産取引の急増により、金融業の雇用環境が改善したことも個人消費を押し上げた。4~6月における全業種の失業率は5.5%と1~3月に比べて0.4ポイント上昇したものの、金融業は0.3ポイント低下した。
さらに、金融業に携わる就業者の所得水準が高いため、その消費拡大による全体への押し上げ効果も大きいと考えられる。2009年1~3月期の金融業(含む保険)の1カ月の平均賃金は16,527香港ドルと、全業種の10,970香港ドルを大きく上回っている。
■資金流入に変調のリスク
今後を展望すると、中国の金融政策の転換により、資金流入の急増に歯止めがかかる可能性が高い。中国の金融政策はこれまでの緩和一辺倒から「微調整」にシフトしつつある。香港に隣接する深?では、中国農業銀行が5月19日からATMでの引出し上限を1日当たり2万元から5千元に引き下げ、中国工商銀行も7月20日から同2万元から1万元に引き下げるなど個人の預金引出しに規制を設けた。同様の措置は、それまで上昇していた香港ハンセン指数が下落に転じ、住宅価格の伸びが鈍化し始めた2007年11月以来である。当時、現地メディアは、同規制には香港への資金流出を抑制する目的もあると伝えていた。
加えて、香港内外においてバブルの懸念が高まってきた。中国現地メディアも「香港の資産バブル懸念」を表題にかかげて、理性的な投資を訴え始めた。投資家が抱くバブル懸念の高まりも、香港への資金流入に変調をきたす原因となりうる。
さらに、資金流入が減少すれば、金融取引・不動産取引の増勢が弱まり、金融業を中心に消費マインドが冷え込むと考えられる。
以上を総合的にみると、香港の個人消費は今後一進一退の動きに転じると思われる。