コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2026年10月号

気候変動が高めるアジアの成長停滞リスク

2026年09月29日 細井友洋


気候変動は、労働生産性や資本蓄積の停滞を通じてASEAN・インドの成長停滞リスクを高め得る。その軽減・回避に向け、官民による「適応投資」を促す事業環境と制度の整備が急務である。

■アジアで深刻化する大雨・洪水被害
アジアでは近年、人的被害を伴う大規模な大雨や洪水が頻発している。記憶に新しいのは、本年8月にネパールと中国の国境付近で発生した土石流であり、本稿執筆時点では死者・行方不明者が数千人に上る大災害となっている。また、昨年11月にも東南アジア・南アジアで記録的な豪雨が発生し、インドネシアとスリランカを中心に多数の犠牲者が出た。

こうした洪水・大雨のリスクを高める要因の一つが、気候変動である。気温が上昇すると大気に含まれる水蒸気量が増えるため、地球温暖化は豪雨の激甚化をもたらし得る。こうしたリスクはアジア全体に共通するものだが、その影響の受け方は地域によって異なる。なかでもASEAN・インドは、モンスーン(季節風)の影響を強く受け、雨季に降水が集中する地域が多い。こうした地域では、温暖化によりモンスーンがもたらす大雨をさらに強め、洪水や土砂災害のリスクを高める。

■気候変動が遠ざける「中所得国の罠」からの脱却
気候変動は、自然災害による人的被害をもたらすのみならず、様々な経路を通じてASEAN・インド各国の長期的な経済成長力を損なう可能性がある。ADB[2024]は、気候変動がアジア各国の経済を長期的にどの程度下押しするかについて、定量的な分析を行った。この分析は、IPCCの「温室効果ガス高排出シナリオ(SSP5-8.5)」に基づき、産業革命以前と比較して2100年までに地球の平均気温が4.7℃上昇すると仮定したうえで、気候変動がなかった場合の実質GDPとの差分を推計したものである。推計結果は、気候変動が招く海水面上昇、洪水、熱波などの事象が、労働生産性の低下や資本蓄積の停滞、消費の下押しを通じて経済成長に及ぼす長期的な影響を示している。

結果を見ると、各国・地域とも気候変動がなかった場合と比べた実質GDPの下押し幅は、2035年、2050年、2070年と時間の経過とともに拡大していくことがわかる。また、ASEAN・インドの下押し幅は、2050年時点で▲15.0~▲8.8%、2070年時点で▲30.2~▲18.1%と、中国(2050年:▲4.8%、2070年:▲10.3%)や中央アジア諸国(2050年:▲1.7%、2070年:▲3.8%)に比べて大きい。ASEAN・インドはアジアのなかでも気候変動による経済停滞リスクが相対的に大きい地域であると言えよう。

このことは、ASEAN・インドが直面する「中所得国の罠」からの脱却を一段と難しくするおそれがある。これらの地域では、所得水準は上昇しているものの、高所得国の基準にはなお距離がある。1990年代またはそれ以前に中所得国となったインドネシア、マレーシア、フィリピン、タイは、長らく高所得国入りを果たせていない。また、2000年代以降に中所得国となったベトナムとインドも、中国がかつて経験したような高成長軌道には乗れていない。気候変動は、気温上昇による労働生産性の停滞や災害の頻発化による投資抑制などを通じて、ASEAN・インドの所得向上をさらに遅らせる要因となり得る。

■「適応投資」の加速に向けた環境整備が重要
こうした気候変動による成長下押しを緩和するには、官民による「適応投資」の拡大が不可欠である。具体的には、気温上昇に伴う労働生産性の低下を和らげる労働環境の改善や省力化・省人化、海水面上昇・洪水による生産設備への被害を防ぐインフラ整備・設備強靭化などが挙げられる。もっとも、ASEAN・インドは、こうした適応投資を推進する官民の基盤が十分に整っているとは言いがたい。

米ノートルダム大学は「グローバル適応イニシアティブ(ND-GAIN)」のなかで、投資を活用して気候変動への適応につなげる国の能力を「適応準備度」として指標化しており、経済、ガバナンス、社会の3項目から評価を行っている。それぞれ、①民間企業が適応投資を行いやすい事業環境が準備されているか、②官民の投資を支える制度や政治の実効性が確保されているか、③投資を促進するソフト・ハード面での社会インフラが整っているか、を評価するものである。

2024年の適応準備度を見ると、ASEAN・インドの世界順位は総じて中位~下位圏にとどまり、先進国との差が大きい。とりわけ、フィリピン、インド、タイは100位圏外に位置し、適応投資の推進力が弱いことがうかがえる。内訳を見ると、とくに経済面とガバナンス面に問題がみられる。インドとタイの経済準備度はそれぞれ113位、124位と際立って低く、ガバナンス準備度もマレーシアを除く5カ国で100位圏外にとどまる。これらを踏まえると、インドとタイではとくに、民間企業による適応投資の加速に向けて、必要資金を内外から調達しやすくする金融環境整備、新事業立ち上げを促進する規制の緩和、人材を円滑に確保できる労働市場改革などを急ぐ必要がある。加えて、地域全体として、政策の安定性向上や法制度の実効性確保、汚職の抑制など、官民投資を支える制度・政治の信頼性を高めることも重要である。

(参考文献)
ASIAN DEVELOPMENT BANK (ADB) [2024]. “ASIA–PACIFIC CLIMATE REPORT 2024 CATALYZING FINANCE AND POLICY SOLUTIONS.”


(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ