アジア・マンスリー 2026年4月号
アジアの輸出構造高度化は停滞
2026年03月26日 細井友洋
中国を除くアジア諸国では、付加価値の高い中間財の輸出競争力が伸び悩んでいる。中間財の生産移転には時間を要すると考えられるため、アジア諸国の産業高度化が停滞するおそれもある。
■中国からアジア諸国への生産移転は最終財が中心
米中対立の激化を背景に、中国からの生産移転が進んでいる。試算によれば、米国で第一次トランプ政権が発足した2017年から2025年にかけて、中国から他国・地域に移転した生産の総額は2,093億ドル(約30兆円)に上った。移転先の7割はアジア(台湾、韓国、インド、ASEAN5)であり、とくにベトナム(33.0%)、インド(12.6%)、タイ(8.9%)への移転が目立っている。
移転総額の6割は電子機器が占めていることから、アジア各国・地域は、中国からの生産移転を通じて電子機器の輸出競争力を高めてきたと言える。もっとも、電子機器の移転額の8割はノートパソコン、スマートフォン、ルータといった最終電子製品であり、電子部品は2割に過ぎない。このように、中国からアジアへの生産移転は最終財が中心であり、中間財の移転は限定的である。
■アジア諸国の中間財の輸出競争力は伸び悩み
アジア諸国は、電子機器のグローバル・サプライチェーンにおけるプレゼンスを拡大させたが、電子部品の生産移転が小規模であることから、中間財の輸出競争力は停滞したままである。輸出競争力の高低を示す貿易特化係数を見ると、電子機器における中間財の係数は、中国を除くほとんどの国・地域で 2017年以降低下しており、輸出競争力は落ちていることが示されている。これは、2017年以降も係数が上昇している最終財とは対照的な動きである。とくにインドでは、最終財の係数が2017年以降大幅に改善し、プラスに転じた。これは、スマートフォンの組立工程の生産移転が寄与したと考えられる。一方、インドの中間財の係数は大幅なマイナスであり、輸入への依存を強めている。この傾向はベトナムも同様である。ベトナムは、ノートパソコンやルータの組立工程を中心に、幅広い電子製品の生産移転先となっている。
一方、中国は中間財の特化係数を着実に伸ばしており、電子部品の輸出競争力を高めている。アジア諸国で最終製品の組み立てに必要な部品への需要が高まったことで、その供給拠点としての地位が強化されている。中国からアジア諸国への電子部品輸出額は2025年に2,544 億ドル(約40兆円)に達しており、2017年(750億ドル)から3倍超に増加している。また、対アジア輸出全体に占めるシェアも2017年の17.3%から2025年の28.0%へ、10%ポイント以上拡大した。
中国の輸出額のなかでも、半導体(デバイス・ 集積回路)がとくに大きく、全体の4割を占める。これには、コンピュータや携帯電話など、さまざまな製品の生産に必要なロジック半導体やメモリ半導体が含まれており、ベトナムをはじめとする幅広い国・地域に輸出されている。2番目に輸出額が大きいのは、部品(携帯電話など)であり、スマートフォンやルータといった通信機器向けの部品が含まれる。スマートフォンの主たる生産移転先となっているインドや、ルータの生産移転が進むベトナムとタイへの輸出額がとくに大きい。
■中間財の生産移転は緩慢かつ限定的に
今後の焦点は、中間財の生産が中国からアジア、とくに相対的に所得水準の低いASEAN加盟国やインドに移転するかどうかである。一般に、中間財は最終財に比べて技術集約度が高く、中間財の生産能力移転を通じてより高度な技術・技能が流入すれば、それらの国・地域の産業高度化や所得水準の向上につながることが期待される。
しかし、中間財の生産移転は最終財よりもハードルが高い。精密機器である電子部品の製造は、電子製品の組み立てに比べて高度な生産技術や品質管理能力、それを実現する熟練労働力を必要とする。中国は長年にわたり電子部品産業の集積を形成した結果、技術、品質、人材、価格を含む総合的な生産基盤において高い競争力を保持している。実際、中国の電子部品輸出額は世界1位であり、そのシェアは 2017 年から 2023 年にかけて5%ポイント拡大した。一方、ASEAN諸国やインドでは、中国の生産を代替し得る技術基盤や産業集積を有する品目は一部に限られる。
このため、今後、アジア諸国に中間財の生産移転が進むとしても、そのペースは緩やかであり、半導体の後工程やスマートフォンの部品など、すでに中国以外にも産業が集積している特定の分野にとどまる可能性が高い。また移転先も、電子産業の集積が進むベトナムやマレーシアに限定されるとみられる。付加価値が高い工程の移転が特定の国に限定されることで、アジアの産業高度化は広がりを欠き、国ごとの生産性向上のペースにも差が生じると考えられる。とくに、人口規模の大きいインドやインドネシアで中間財の産業集積が進まない場合、アジア地域全体としての成長モメンタムが損なわれ、多くの国が「中所得国の罠」に陥るリスクが高まろう。
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