アジア・マンスリー 2026年4月号
日中関係の悪化と供給網再編への示唆
2026年03月26日 野木森稔
日中関係は悪化傾向にあり、その度合いや経済への影響について検討する。製造業供給網への影響が懸念されるが、極端な影響が直ちに生じるとは言えず、短期的には在庫積み上げ等が有効な対策となろう。 ■日中関係の動きを数字で捉える 日中関係が悪化傾向にあることを伝える報道が増えている。とくに、2025年11月の台湾有事をめぐる高市首相の発言を中国政府が問題視していることが取り上げられるが、マスコミ報道だけではどの程度悪いのかなど、深刻さの度合いはつかみきれない。そこで、状況をより客観的に捉えるため、注目される国際的なニュースやイベントを数値化し、日中関係を可視化した指標について見る。 各国の関係の改善・悪化を捉えた指標はいくつかあるが、日中関係に注目する場合、清華大学国際関係研究院の中国・主要国の政治関係指数(PRI:Political Relationship Index)が最も有用な指標と考えられる。この指標は、人民日報、中国外務省のウェブサイト、その他の公式情報源で報じられた外交上の出来事を「肯定的」と「否定的」に分類し、それらを基に構築された中国と他国の関係性の変動を示す月次指標である。複数ある系列のなかの日中関係をみると、最新データのある2025年8月にかけて徐々に悪化している。 一方、期間は短いものの日次でも公表され、直近の状況が把握可能であるGDELT(Global Database of Events, Language and Tone)も有用である。こちらも多数のメディア情報を基に作られたものであり、PRIと組み合わせてみることによって分析の精度が高められる。GDELTの中国の日本に対する緊張度(図表のデータはイベント分類とその強度を示す指数で加工)は悪化し、PRIがここ20年ではかなり悪い水準にあることが示唆される。ただし、最近5年程度では、一進一退のおおむね横ばい圏といえ、2012年の尖閣諸島問題を発端とした関係急変のような事態ではないと判断される。 ■経験則では悪影響は緩やかに拡大 こうした関係悪化は、日本経済にどのような影響をもたらすのだろうか。足元では、中国人旅行者が大きく減少するなどサービス産業への影響は出ているが、製造業については明示的な悪影響は観測されていない。とはいえ、製造業は部材の調達などで中国に依存度が高いとされ、関係悪化によって先行き懸念が高まっている。2025年11月以降、PRIは1ポイント前後の低下が予想されるが、近年因果推論として広く利用されるローカル・プロジェクション法により推計したところ、PRIの1ポイントの悪化は、その直後から鉱工業生産指数を徐々に下押し、7カ月目あたりで最大▲1.8%の下押し効果をもたらすことが分かった。こうした傾向から、製造業では、日中間で緊張が高まってもすぐに生産活動への悪影響は表れず、徐々に悪化すると言える。 ■レアメタルは生産投入比率が低い産業が多いのが特徴 報道等では、製造業の資材調達における中国依存度の高さが指摘され、とくにレアアースなどの重要物資の対日輸出管理強化が大きな懸念事項として伝えられている。実際、関係悪化によりレアアースを含むレアメタルの供給が遮断されることになれば深刻な悪影響を被ると考えられ、上記推計結果が示す▲2%程度の生産下押しにはとどまらない可能性が高い。推計結果との乖離は、本格的な供給の途絶(ほとんどの企業の当該財の調達がゼロになるケース)がこれまで発生していない、ということが影響している。石油や天然ガスなどの鉱物資源とは違い、レアアースや半導体は各製造品において使われる絶対量が多くない。産業連関表の最も細かい項目でみると、レアメタル(銅、亜鉛、アルミニウムを除く非鉄金属)は各産業の生産における投入量の比率(生産投入比率)が低い産業が多く、緊急的な対応(在庫取り崩しや迂回・代替調達など)で生産継続が可能な産業が多いことが指摘できる。推計したところ、レアメタル供給の途絶は、生産投入比率の高い産業だけについて見れば影響は限定的であるが、少量でも使う産業にまで供給途絶が及ぶことになれば、日本国内製造業の生産が▲51%減少するという深刻な打撃がもたらされるとの試算結果になった。なお、この傾向は半導体にも見られ、比較的大きな量が必要となる原油など鉱物性燃料とは異なる性質である(ただし、半導体や鉱物性燃料は、レアメタルと異なり、中国への供給依存度は高くない)。 ■変動するリスクの観察と備えが重要 日中関係は悪化しているものの、現時点では製造業を中心とする経済への悪影響は限定的なものにとどまっていると言える。レアアースなどレアメタルといった供給の中国依存度が高い分野では、日中関係悪化によって供給途絶のリスクが注目されるものの、在庫積み上げ、さらには多国間連携により当該財の迂回輸入や代替品の調達などによって一定程度確保できれば、生産活動全体への劇的な悪影響は回避可能と考えられる。一方で、南鳥島のレアアース開発など、中国依存脱却=サプライチェーン・供給網の大規模再編の重要性を強調する報道が目立つが、そもそもそうした開発には多大な時間が必要であり、短期的な対策にはならない。大規模な再編はコスト面など維持可能性を見極めつつ、長期戦略として計画性を持って進めるべきであろう。もちろん、日中関係のさらなる悪化によって、経済に深刻な打撃が及ぶリスクはゼロではない。そうしたリスクの変動を可視化した指数などで注意深く観察していくことが重要であり、同時にリスクの顕在化に備えた中長期の観点に基づく供給網再編には政府のリーダーシップが重要となろう。(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)
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