アジア・マンスリー 2026年1月号
東南アジアへのデータセンター投資が活発化
2025年12月25日 呉子婧
AIブームの盛り上がりを背景に、東南アジア各国へのデータセンター投資が急増している。各国の雇用創出や産業育成にプラスとなる一方、先行き電力・水不足や米中対立の板挟みに陥るリスクもある。
■東南アジアでデータセンター投資が急増
東南アジアでは、世界的なAI需要の高まりを受けて、データセンター建設のための投資が域外から相次いでいる。とくに、マレーシア、インドネシア、タイが投資先として注目を集めている。すでにデータセンターハブとしての地位を確立しているシンガポールでは、土地の取得や投資の審査が厳しくなり、新規建設が難しくなった結果、これらの国々が代替地として脚光を浴びている。投資を主導しているのは、米国のグーグル、マイクロソフト、AWS、および中国のアリババ・クラウド、北京皓揚雲数拠科技などのグローバルIT企業である。
■投資増加の背景
東南アジアへのデータセンター投資が拡大している背景として、以下の3点が挙げられる。
第1に、地政学的な中立性である。米中対立の激化を受け、データのプライバシーや安全性を確保するため、グローバル企業が政治的に中立性の高い東南アジアに拠点を移し、データの保管・処理を行う動きが加速している。
第2に、現地でのデジタルサービス需要の拡大である。東南アジアではインターネット普及率が高く、若年人口の多さも相まって、EC(電子商取引)やSNSなどのデジタルサービスが急速に拡大している。これにより、計算処理能力やデータストレージへの需要が高まり、データセンターの増強が期待されている。
第3に、各国政府による積極的な投資誘致策である。マレーシア、インドネシア、タイなどでは、外資誘致を目的とした税制優遇措置や規制緩和など、データセンター関連インフラへの投資を呼び込むための政策が相次いで打ち出されている。
■データセンター立地推進による経済メリット
各国政府が積極的にデータセンター投資を誘致する背景として、①生産と雇用の拡大、②人材育成と技術移転、③産業の高付加価値化、といった経済的なメリットが挙げられる。
生産と雇用の拡大については、データセンター関連投資は1件当たりの投資額が大きく、建設業のみならず、電力・通信・製造業など幅広い関連産業への経済波及効果が期待される。各国で建設中および計画中のプロジェクトがすべて実現した場合、最大で数百億ドル規模の生産誘発効果が見込まれている。また、建設ラッシュに伴う雇用創出や税収増加を通じて、地方政府の財政にも好影響をもたらすとみられる。もっとも、データセンターの運用・管理は高度に自動化・省人化されていることから、運用開始後の雇用創出効果は限定的なものにとどまる可能性が高い。
人材育成と技術移転については、高度IT人材の育成とともに、外国直接投資(FDI)を通じた国内企業への技術移転が期待される。
産業の高付加価値化については、データ処理やAI訓練などの高付加価値業務を国内で担うことで、労働集約型から知識集約型への産業構造転換が促され、経済全体の生産性向上につながる。少子高齢化が進む東南アジア各国においては、長期的な潜在成長率を高めるためにも、産業の高度化が喫緊の課題である。
■課題やリスクも浮上
もっとも、データセンター投資の急拡大に伴い、いくつかの課題やリスクも顕在化しており、受入側の各国は対応を求められる。
第1に、電力と水資源の供給逼迫懸念である。国際エネルギー機関(IEA)によれば、域内のデータセンターによる電力需要は、2030年までに2024年比で約2倍に増加すると見込まれている。一方、同地域では再生可能エネルギーの導入や送配電インフラの整備が需要拡大のスピードに追いついておらず、電力不足が現実的なリスクとして浮上している。加えて、高温多湿な東南アジアでは、データセンターの冷却に要する水使用量も大きいため、他用途向けの水供給を圧迫する可能性もある。マレーシア中央銀行によると、50MW規模のデータセンターでは、1日に約22,000世帯分の電力と約2,200世帯分の水を消費すると試算されている。
第2に、短期的な経常収支の下押しである。マレーシアを例にとると、近年のデータセンター投資拡大に伴い、建設段階ではサーバーや冷却設備などの資本財を海外から大量に調達せざるを得ず、貿易収支の黒字幅が縮小し、経常収支の名目GDP比も1%近傍まで下押しされた。マレーシアの経常収支は依然として黒字であるため、過度な懸念は不要とみられるものの、経常収支が赤字基調にあるインドネシアやフィリピンにおいては、より慎重な対応が求められる。
第3に、地政学的リスクである。中国企業が東南アジア各国で建設が進むデータセンターを活用し、AIモデルの訓練など高度な演算処理を行う事例が増加している。米国が中国に対して高性能半導体の輸出を制限しているため、中国国内のデータセンターではそうした作業が難しいことが背景にある。今後、米国がこうした中国企業の動きを問題視し、東南アジア諸国に制裁を科す可能性もある。一方で、東南アジア側が米国に配慮して中国企業の利用を制限すれば、今度は中国との関係悪化や貿易・投資上での不利益を被る恐れもある。このように東南アジア各国は、米中対立の狭間で難しい対応を迫られる可能性がある。
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