アジア・マンスリー 2026年1月号
中国によるレアアース輸出規制の行方
2025年12月25日 三浦有史
2025年10月末の米中首脳会談を受け、中国によるレアアースの輸出規制は1年延期された。中国は、対立する国に圧力をかける手段として、今後もレアアースの輸出規制を頻繁に実施するのであろうか。
■生産の7割、精製の9割が中国
レアアースは、原子を構成する電子軌道が特徴的で、優れた光学特性や磁気特性などを発現するため、その用途が広く、ガラス・セラミックス産業、化学産業、鉄鋼業、エネルギー産業、機械産業、電気・電子機器産業、光学精密機器産業、医療機器産業などで利用され、ハイテク産業の「ビタミン」と称される。
レアアースの生産量は1980年代半ばまで米国が世界最大であったが、1990年代には中国が米国を追い抜き世界最大の生産国となった。米地質研究所(USGS)によれば、中国のレアアース生産量は2018年から急増し、2024年には27万トンと世界全体の69.2%を占める。
レアアースは、①採掘による鉱石の生産、②抽出・分離・精製(以下、精製とする)による酸化物の製造、③電解・還元によるレアアース金属の製造、④合金化による最終製品の製造という四つの工程を経るが、中国は生産よりも精製においてより大きなプレゼンスを有する。
世界エネルギー機関(IEA)によれば、中国では2024年に7万3,800トンのレアアースが精製され、世界全体の91.7%を占める。 中国は世界のレアアース供給を支配しており、輸出量を制限することで対立する国に圧力をかけることができる唯一の国である。
■輸出規制の弊害
IEAは、2040年の世界のレアアース生産における中国の割合を52.3%、精製に占める割合を75.7%と予想している。中国の支配力はやや弱まるものの、日本を含む先進国がレアアースの安定調達に対する不安から解放されることはないと言えそうである。
しかし、次に指摘する点から、中国政府によるレアアースの輸出規制は中国としても頻繁に実施できるものではなく、長期化する可能性も低いとみられる。
第1は、輸出規制によってレアアース価格が上昇すると、中国以外の国におけるレアアースの開発、あるいは、省資源技術・代替材料の開発を促すことである。過去のレアアース価格は、特定の期間を除いて、安定的に推移している。これは、中国以外の国におけるレアアースの開発、そして、省資源技術・代替材料の開発を抑制する役割を果たしてきた。将来もレアアースの輸出規制を機能させるために、中国は安価なレアアースを提供し続ける必要がある。
第2は、レアアース価格の上昇は違法採掘や密輸という、中国のレアアース産業を悩ませてきた問題を再び深刻化させることである。2025年4月に輸出が規制されたことを受け、レアアースの内外価格差は急速に拡大し、ジスプロシウムの国際価格は2025年9月に800~1,200ドル/キロと、中国国内(169ドル/キロ)の4.7~7.1倍に上昇した。
第3は、中国はレアアースの輸入国となり、圧倒的なレアアース精製量に基づくレアアース支配は、以前に比べかなり脆弱になっていることである。中国は2018年からレアアースの輸入量が輸出を上回る純輸入国となっており、世界最大の精製国としての立場は、この安定的な輸入によって維持されている。レアアースの主な輸入先はミャンマーであるが、同国のレアアース生産地域を支配している少数民族武装勢力カチン独立軍(KIA)と中国の関係は不安定である。
第4は、レアアースの輸出規制が長期化すると、中国のその他の輸出にも影響を与える可能性が高いことである。ネオジム磁石などのレアアースを用いるのは、スマートフォンやパソコンなどの電子機器や電気自動車(EV)など、中国の輸出を支えている産業である。輸出規制が長引き、中国以外の国におけるそれらの生産が滞ることになれば、レアアースを含まない部品を製造・輸出する中国企業の活動にも悪影響が及ぶことになる。
■輸出規制はあくまで交渉のカード
こうしたことから、レアアースの輸出規制は中国としても頻繁に実施できるものではなく、長期化する可能性も低いと見込まれる。中国にとっては、対立する国にレアアースの調達リスクを意識させながらも、安価なレアアースの供給を続けることで、脱「中国依存」が進まない状況をつくりだすのが最も望ましい展開である。であれば、「輸出禁止」はあくまで最終的な切り札であり、必要に応じて「原則禁止」や「許可制」による輸出量の削減を交渉カードとして活用する方が最も望ましい戦略である。先進国では、レアアースの安定調達に向け、オーストラリアなどの中国を代替する資源国を探す動きが活発化しているが、上記の中国の立場や戦略を踏まえれば、輸入国側は備蓄の積み増しといった対策の有効性が思いのほか高いと言えそうである。
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