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アジア・マンスリー 2025年12月号

内憂外患に直面するアジア経済

2025年11月28日 細井友洋


アジア経済は足元の好調から一転し、内外需とも大幅に減速する見通しである。さらに、米国による迂回輸出対策の強化や、通貨安による金融システムの不安定化といった下振れリスクにも警戒が必要である。

1.アジア経済は減速へ
(1)2025年の景気は予想外に好調
2025年のアジア景気は、持ち直し基調で推移した。米国による相互関税や半導体関税の発動が年後半以降にずれこんだ結果、対米駆け込み輸出が外需をけん引した。とくに電子機器を主力輸出品とする台湾やベトナムの伸びが顕著であった。

他方、外需に比べると内需は勢いに欠ける展開となった。2025年の消費の伸び率をコロナ禍前後(2016~19年、2022~24年)の平均と比較すると、ほとんどの国・地域で低下しており、輸出が好調な台湾とタイでも低調であった。失業率が低位で推移するなど雇用環境は総じて良好であった一方、一部の国・地域で消費者マインドが低迷しており、消費を押し下げた模様である。米国の保護主義的な対外政策により、経済の先行きへの不透明感が高まったことが一因とみられる。また、駆け込み輸出の恩恵は一部の業種に限られ、幅広い所得改善につながっていない可能性もある。実際、台湾では、2025年(1~10月累計)における対米輸出の伸び(+63.5%)のうち、62.1%が電子機器・部品によるものであった。

2025年のアジア全体の成長率は+5.2%と、7月時点の前回予想+4.8%から上方修正した。とくに、対米輸出の大幅増加が継続している台湾とベトナムの成長率をそれぞれ+6.9%(前回+3.1%)、+7.7%(同+6.6%)と大きく引き上げた。インドも、9月実施の大幅減税が消費を押し上げ、2025年度の成長率は前年度を上回る+6.7%と予想する。中国は、政策効果のはく落により年後半から減速局面に入ったものの、2025年通年の成長率は+4.9%と政府目標(+5%)をほぼ達成する見通しである。

(2)2026 年は三つの要因が景気を下押し
2026年のアジア景気は、2025年の持ち直し基調から一転し、明確に減速する見通しである。理由は、以下の3点が内外需を下押しするためである。

第1に、中国経済の減速である。中国の2026年の成長率は+4.2%と、2025年から0.7%ポイント低下すると予想する。減速の主因は内需の悪化である。耐久消費財の買い替えに対する政策効果がはく落する一方、雇用・所得や不動産市場の低迷持続が消費を下押しする。中国の家計資産の5割を占める住宅価格は、販売低迷により2026年いっぱい低下が続く見込みであり、これにより中国の実質個人消費は▲0.2%程度押し下げられる見込みである。また投資についても、設備更新補助金の効果逓減や、政府の過剰生産能力解消に向けた産業界への指導を背景に、製造業の設備投資が抑制される見通しである。なお、先般公表された第15次5カ年計画(2026~30年の経済・社会の発展計画)の草案には、具体的な消費・投資喚起策への言及がなく、現時点で2026年の成長率を高める政策要因は想定されない。

また、中国の成長率低下は、輸入の減少を通じてその他アジア経済にマイナス影響を及ぼす。中国の成長率が0.7%ポイント低下した場合、対中輸出のGDP 比が1割超と大きいベトナムを中心に、成長率が下押しされることとなる。

第2に、米国関税による悪影響の本格化である。8月に発動した相互関税の影響が駆け込み輸出の反動を伴って顕在化し、アジアの対米輸出を2026年前半頃まで押し下げると考えられる。また、トランプ政権が再三発動を示唆している半導体関税についても、通商拡大法に基づく調査が完了する2026年初頭までの発動が見込まれる。報道によれば、半導体チップに100%の関税が課されるのみならず、それを搭載する電子製品にも関税がかかる可能性が高い。この場合、米国向け半導体関連製品輸出への直接・間接の依存度が大きい台湾、ベトナム、マレーシア、タイの経済に大きな打撃となる。

第3に、不確実性の持続と保護主義の台頭である。世界の景気や経済政策の先行きに対する不確実性を表す指標は、米国が全世界に対して高率の関税を発表した今年前半からは低下したものの、さらなる関税の発動や米中対立の再燃に対する懸念から、平時より高い状態が続いている。これにより、アジア各国・地域の消費者マインドは、先行きも下押しされる構図が続くと考える。加えて、台湾、ベトナム、マレーシア、タイなど外需依存度の高い国・地域では、輸出企業の業績悪化が雇用・賃金を抑制し、消費をさらに冷え込ませる見込みである。

世界的な保護主義の台頭も、アジアの投資を下押しすると見込まれる。ASEANやNIEsの対内直接投資は、コロナ禍明けから堅調に推移してきた。この背景には、米中対立の激化を受け、グローバル企業が中国から生産拠点を移転する動きがあった。こうしたサプライチェーンの再編は、今後停滞すると予想する。理由は、第二次トランプ政権において、中国のみならずその他アジアにも高関税が課されたことや、米国の関税政策に対する不透明感が先行きも続くためである。

以上を踏まえ、2026年のアジア経済全体の成長率は前年比+4.6%と、2025年から大幅に減速すると予想する。とくにNIEsの成長率が+2.0%と、前年の+3.3%から大きく低下する。駆け込み輸出の反動や関税影響の本格化により、台湾の成長率が急減速する影響が大きい。またASEANも、外需依存度の大きいベトナム、マレーシア、タイの成長率鈍化により減速する。インドは、米国の50%追加関税による外需の悪化を主因に減速するものの、+6%台の安定成長を維持する見通しである。政府支援が消費と投資を下支えし、内需は堅調に推移すると予想する。

2027年のアジア景気は回復に向かう見込みである。米国の関税影響の一巡により外需が持ち直しに転じることや、住宅市場の底打ちなどにより中国の成長率が上向くことが要因である。

2.米国の迂回輸出対策や通貨安に要警戒
2026年のアジア経済は、減速をメインシナリオとしているが、さらなる下振れリスクとして、米国による迂回輸出の取り締まり強化や、通貨安による金融システムの不安定化に留意が必要である。

(1)米国の迂回輸出対策強化
米国は8月の相互関税発動時、関税の回避を目的とした迂回輸出に対して40%の追加関税を課す方針を表明した。現在までのところ迂回輸出の認定基準は不明であるが、中国で生産された原材料・部品を多く使用する製品が対象となる場合、とくにASEAN経済への打撃が懸念される。

ASEANでは、工業生産に占める中国からの中間財調達の割合が一貫して上昇しており、これに伴い、対米輸出に占める中国で生み出された付加価値の割合も上昇している。これまでの米中対立激化を背景に、電子機器など最終製品の生産拠点が中国からASEANに移り、生産に必要な中間財が中国からASEANに供給されるサプライチェーンが構築された。このため、ASEANはベトナムを筆頭に電子機器分野で中国の原材料・部品に大きく依存している。もし、この分野が迂回輸出関税のターゲットとなれば、半導体関税の影響も相まって、ASEAN各国の輸出にさらなる打撃となる。

(2)金融システムの不安定化
アジア通貨市場の変調が実体経済に悪影響を及ぼすリスクにも注意が必要である。米国の関税政策による混乱を受けて、一部で通貨安が進んでいる。経常収支赤字と対外純債務を抱えるインド、インドネシア、フィリピンは市場での売り圧力の高まりから緩やかな通貨安傾向にある。これらの国々の通貨・金融システムの安定性についてみると、いずれも十分な水準の外貨準備があるほか、銀行貸し出しに対する不良債権比率も低位にあるため、基本的には急激な通貨安やそれに伴う金融不安定化に陥るリスクは小さい。ベトナムも通貨安が進行しているが、政府が輸出競争力維持に向けて通貨安誘導を行っていること、経常黒字国であるため市場の売り圧力が小さいことから、リスクは限定的である。

ただし、当局のコントロール可能な範囲を超えて通貨安が進展する場合には、対外債務や不良債権の拡大を通じて金融の安定性が損なわれる可能性があり、以下の2点に警戒が必要である。

第1に、経常収支の急激な悪化である。例えば、世界で保護主義的な貿易政策が強化されたり、AIブームが予期せず終焉したりするなどで輸出が急減すれば、経常収支の悪化につながる。また、欧米諸国を中心に進む移民規制の強化により海外就労が困難となり、外貨流入の減少を通じてアジア諸国の経常収支が悪化するリスクもある。後者はとくに、GDPに占める海外からの個人送金の割合が大きいフィリピン(2024年:6.7%)やインド(同3.2%)において警戒を要する。

第2に、積極的な財政拡大・金融緩和の副作用である。インドネシア、マレーシア、タイなどは景気下支えのために2025年に大規模な財政支出を行っており、財政の健全性に対する市場の警戒感を高める可能性がある。また、年初来から累計1%の利下げを行ったインドやフィリピンをはじめとして、各中央銀行は金融緩和スタンスをとっている。先行き本格的な景気減速が見込まれるなかで、追加的な利下げにより米国との金利差が拡大する場合には、資本流出を通じた通貨安を招来する可能性も否定できない。



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