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アジア・マンスリー 2025年10月号

原発推進にかじを切るアジア

2025年09月29日 細井友洋


インドとASEANは、原発建設を本格化している。電力供給安定化による産業立地の加速や化石燃料輸入縮小による貿易収支改善などが見込まれる一方、各国がクリアすべき課題も山積している。

■インド・ASEANで原発建設が本格化
インドとASEAN(ベトナム、フィリピン、インドネシア、マレーシア、タイ)において、原子力発電の導入拡大に向けた動きが本格化している。各国は、原発の設備容量を中長期的に大きく拡大する方針を表明しており、とくにASEANは、2030年代に各国初となる商用原子炉の稼働を目指している。

原発建設に向けた各国の取り組みは、昨年末以降加速している。ベトナムは、2016年に停止された原発建設計画を2024年11月に復活させ、ロシアと日本を優先パートナーに選んだ。また、インドは2025年2月、原発への民間部門参入を促進する観点から、原子力法(原発への民間投資を規制)と原子力損害賠償責任法(事故時に原子力資機材供給者への求償権を規定)の改正を表明した。ベトナム同様に既存の原発計画を復活させるフィリピンは、原子力規制庁の設置を含む国家原子力安全法案を2025年6月に可決した。

■原子力推進の背景
アジアにおける原発の導入拡大の背景には、脱炭素目標と電力需要増大への対応を両立すべく、電源供給の多様化を図りたい各国の思惑がある。

ベトナム・マレーシア(2050年)、インドネシア(2060年)、タイ(2065年)、インド(2070年)はそれぞれ、温室効果ガスの排出を「ネットゼロ」とする目標を掲げている。

他方、IEAのSTEPS(現行政策)シナリオに基づけば、インド・ASEANの電力需要は、人口増加や経済成長、家電製品の普及や空調需要の拡大を背景に、2023年から2050年にかけて約3倍に増大する見込みである。現状、各国の電力需要の6~8割は火力発電によってまかなわれており、タイを除くすべての国で石炭火力発電が主力電源となっている。石炭火力は、天然ガス火力等と比べて温室効果ガス排出量が多い反面、安定した電力供給が可能という特性を持つ。各国ともに、脱炭素化に向けて太陽光・風力などの再生可能エネルギーの積極的導入を推進する一方、それらの発電量は天候に左右されるため、電力供給の不安定化が懸念されている。このため各国は、石炭火力の一部を同様に安定的な発電が可能な原子力に置き換えることで、供給の安定性に配慮した電源構成を目指している。

■原発推進が経済にもたらすメリット
原発の導入拡大は、アジア各国の経済に主に二つのプラス効果をもたらすと考えられる。

第1に、産業誘致の促進である。インド・ASEAN各国は、データセンターや半導体工場などの誘致を推進しているが、これらの産業は安定的・継続的な電力供給を必要とする。このため、発電量の変動が少なく、基本的に年間を通じて運転を継続する原発は、こうした産業と相性がよいとされる。実際に、米大手ITプラットフォーム企業は8月、テネシー州で新設予定の小型原子炉からデータセンター用の電力を調達する方針を公表した。アジアにおいても、原発立地地域を中心に、こうした産業の誘致が進む可能性がある。

第2に、化石燃料の輸入減少による貿易収支の改善である。アジアの多くは化石燃料の純輸入国であり、化石燃料の国際価格上昇により、貿易収支が悪化しやすい構造となっている。原発は電力供給の安定化を通じてガソリン車からEVへのシフトを後押しすることも期待され、化石燃料の輸入が減る可能性が大きい。結果、貿易収支が改善することで、通貨安圧力や輸入物価上昇を通じたインフレ加速、資本流出といったリスクの緩和につながることが期待される。

■原発導入に向けた課題は山積
しかしながら、原子力については、安全の確保、廃棄物の処理、核拡散リスクへの対処といった多くの課題が存在しており、各国のシナリオ通りに導入が進むかは不透明である。とくに、商用原子炉の稼働が初めてとなるASEANは、これらの課題に対応した国内制度の整備を基礎の部分から積み上げていく必要がある。

IAEAは、新たに原発を導入する国向けのガイダンスを策定しており、安全確保、規制・監督、人材育成、ステークホルダーの関与確保といった19項目の環境整備を三つのフェーズに分け、それぞれクリアしていく必要があるとしている。これまでの事例から、第1フェーズの着手から第3フェーズの完了までは、最低でも10~15年程度の期間が必要とされている。IAEAは、ASEAN各国が現時点でどのフェーズにあるかを明示していないが、各国政府発表や各種報道を踏まえれば、過去に具体的な原発建設計画を有していたベトナムとフィリピンがフェーズ2または3、その他の国はフェーズ1または2の段階にあると推察される。このため、各国ともフェーズ3完了には相応の期間を要すると考えられる。

アジアはとくに地震や豪雨といった自然災害の多い地域であり、原子力の推進にあたり、不測の事態に備えた綿密な制度整備や国民理解の醸成が求められる。各国の原発導入計画が後ろ倒しとなり、脱炭素化と電力供給強化が想定通りに進まない可能性についても留意すべきであろう。


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