アジア・マンスリー 2025年10月号
戦略的に配分される中国の政府補助金
2025年09月29日 関辰一
中国政府は、製造業のほか運輸・情報通信など製造業の競争力に大きな影響を与える非製造業を重点的に支援している。その支出規模は他国を大きく上回っているほか、多様な政策手段が併用されている。
■明瞭な戦略性
中国の政府補助金は近年、過剰生産や安価な輸出の一因とされ、国際的な注目を集めている。上場企業の財務データからは、中国の政府補助金の配分に明瞭な戦略性が見て取れる。
製造業上場企業2,857社の2015年から2023年までの政府補助金は合計1兆119億元であり、その対売上高比率(補助金比率)は0.63%である。その2,857社を15業種に分けてみると、情報通信機器・電子部品・デバイスの補助金比率が0.95%と最も高く、以下、はん用・生産用・業務用機械(0.87%)、化学工業および鉄道車両・船舶・航空機(ともに0.71%)、自動車(0.68%)が続く。これは、産業ビジョン「中国製造2025」の重点分野に含まれる業種の多くが、機械類および化学工業に属しているためである。
さらに、業種の細分化により、「中国製造2025」の重点分野のなかで、黎明期にある分野をとりわけ集中的に支援していることが、中国の補助金配分の特徴として指摘できる。すでに一定の成長を果たした新エネルギー自動車、造船、鉄道車両、有機化学素材の同期間の補助金比率は、それぞれ0.87%、0.85%、0.73%、0.65%と製造業の平均値を上回るが、黎明期にある工作機械・ロボット、半導体、農業用機械、バイオ医薬品の補助金比率は、それぞれ2.35%、2.32%、1.04%、1.00%と、さらに高い水準である。
■運輸業や情報通信業も重視
非製造業1,568社の同期間の政府補助金は合計5,920億元であり、補助金比率は0.20%にとどまるものの、13業種に分けてみると、運輸業・郵便業(0.53%)と情報通信業(0.48%)は非製造業のなかで突出している。
運輸業・郵便業の補助金比率が高い理由として、中国政府が物流・運輸コストの低減を戦略目標として位置づけていることが挙げられる。2016年には、国内の物流コスト総額の対GDP比率を、2015年実績の16.0%から2020年に14.0%へと引き下げる目標が示された。さらに現在では、2023年実績の14.4%を2027年までに13.5%前後へ引き下げる新たな目標が掲げられている。こうした方針のもと、政府はとくに海運・空運を中心に補助金を配分している。
情報通信業の補助金比率が高い理由としては、まず、「中国製造2025」の重点分野に、半導体設計やAI関連などの情報通信業が含まれている点が指摘できる。加えて、政府は「国家情報化発展戦略要網」などのプランに基づいてデジタル化を強力に促進している。さらに、安全保障の観点から、サイバーセキュリティ関連企業に対して手厚い支援を行っている。
■突出した規模と多種多様な中国の産業政策
産業支援には、政府補助金のほかにも、税優遇や低利融資などの政策手段もある。以下に示すように、中国の産業政策の特徴として、①他国と比べて政策支出の規模が際立って大きい、②多様な政策手段を併用している、の2点が指摘できる。
米国のシンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)は、産業政策を「特定の企業や産業を支援するために資源を再配分する国家の介入」と定義したうえで、主要な国・地域の産業政策支出を以下の7項目に分類した。
具体的には、①政府が直接的に企業に支給する補助金(直接補助金)、②政府が企業の研究開発支出を奨励するために実施した税優遇(R&D税優遇)、③国家プロジェクトに対する研究助成金など、企業が行うR&Dに対する中国政府の直接資金援助(R&D政府支援)、④R&Dに関係のない事業に対する税優遇措置(その他税優遇)、⑤政策性銀行の貸出および信用スプレッドを用いて推計された低金利の貸出(低利融資)、⑥プライベートエクイティやベンチャーキャピタルファンドを含む国内企業に対する政府の株式投資(政府投資基金による投資)、⑦中国固有の支援、の7項目に分類されている。
各国・地域の2019年の産業政策支出の総額の対GDP比率をみると、中国は1.73%と突出しており、次いで韓国(0.67%)、フランス(0.55%)、日本(0.50%)、ドイツおよび台湾(ともに0.41%)、米国(0.39%)、ブラジル(0.33%)の順となっている。内訳をみると、直接補助金は中国(0.38%)が際立って高く、他国は0.10%以下にとどまる。その他税優遇も中国(0.38%)がトップである。低利融資についても、中国(0.52%)が最も高く、日本(0.22%)やドイツ(0.13%)を大きく上回る。
さらに、中国は政策手段の多様性でも際立っている。韓国も上記7項目のうち6項目の手段を用いて産業を振興しているが、中国固有の支援として、土地の低価格提供、国有企業への暗黙の信用保証、デット・エクイティ・スワップ、などが存在する。これに対して、米国では低利融資や政府投資基金が用いられておらず、直接補助金もわずかである。ドイツはR&D税優遇や政府投資基金がなく、フランスも政府投資基金を導入していない。日本も、R&D以外の税優遇や大規模な政府投資基金はない。
中国の産業政策は、その規模の大きさや多様な手段から、結果として不公正貿易を招きやすい点で、国際ルールや他国の利益への配慮を欠いているとの批判を招く要因ともなっている。
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