アジア・マンスリー 2025年9月号
グローバルサプライチェーンでみる半導体関税
2025年08月28日 室元翔太
トランプ大統領は、半導体に対する100%を超える高関税の賦課を予告しているが、その詳細は不明であり、半導体サプライチェーンが集中するアジア経済への悪影響が懸念されている。
■気になる半導体関税の行方
トランプ大統領は、就任以降、各国向けに税率の異なる相互関税や中国などに対する違法薬物対策関税、重要な品目に対する個別品目関税など、各種措置を導入してきた。相互関税に関しては、今後、税率の見直しが行われる可能性があるものの、8月入り後に各国・地域別の上乗せ税率が適用開始となり、今後は、個別品目関税の適用範囲の拡大に注目が集まっている。
これまで、米国は個別品目関税の対象を、自動車や鉄鋼、アルミニウム、銅(含む、関連製品)へ順次拡大しており、半導体や医薬品、木材、航空機などへの対象拡大を予告している。先行きのアジア経済への影響を考える観点でとくに注意すべきは、半導体関税の動向であろう。現在、半導体やそれを中間投入財として使用するコンピュータやスマートフォンなどの各種製品は、相互関税の対象から除外されており、追加関税が賦課されていない。このため現時点で、トランプ関税は半導体と関連製品の需要に対してほとんど影響を及ぼしていないと考えられる。本稿執筆時点で、米国は半導体への100%超の関税賦課を予告している一方、対象範囲が半導体チップのみにとどまるのか、関連製品まで拡大するのか、などは明らかにしておらず、対象範囲によってアジア経済への影響も変化しうる。
■半導体関税によるアジア経済への直接影響
まず、半導体サプライチェーン全体におけるアジア各国・地域の位置づけを踏まえながら、半導体関税による直接的な影響を考える。
OECDの整理に基づくと、半導体サプライチェーンは四つの製造工程に大別することができ、シリコンウェーハ、半導体チップ、中間電子製品、最終電子製品、の順に工程が進んでいく。
こうした整理を基にアジアの半導体関連の対米輸出をみると、半導体チップやその原材料であるシリコンウェーハの対米輸出が全体に占める割合はわずかである。一方、半導体を使用した中間電子製品や最終電子製品の対米輸出が全体に占める割合は大きく、とくに台湾では対米輸出の5割程度、中国・香港やASEANでは同2割程度となっている。
また、個別製品への関税影響を検討するにあたっては、製品間の性質の差にも注目する必要がある。サプライチェーンの下流に位置する製品は、最終消費者が直接的に価格上昇に直面することから、価格上昇に対する需要の減退が進みやすいと考えられる一方、半導体チップのようなサプライチェーンの上流に当たる製品は、最終製品への需要が損なわれない限りにおいて、大幅な需要減退に直面しにくいと考えられる。実際、対米輸出の価格弾力性を上述の四つの製造工程ごとにみると、価格が+1%上昇した場合、最終電子製品(Step4)では米国向け実質輸出が▲5%近く減少する一方、半導体チップなど(Step2)では製造設備などを含む場合と生産物のみに限定した場合に差はあるものの、同▲0.5~1.2%程度の減少にとどまると試算される。これらを踏まえると、関税の対象範囲が半導体チップに限定された場合には、アジア経済への直接的な悪影響は比較的小幅にとどまると考えられる一方、中間・最終電子製品まで対象が拡大した場合は、台湾やASEANなどで米国向け輸出が大きく下振れるとみられる。
■アジア域内貿易への間接影響
さらに、グローバルサプライチェーンを通じた間接的なアジア経済への影響にも留意を要する。関税の対象が半導体チップなどにとどまる場合、同製品の対米輸出需要が損なわれることで影響を被るのは、概ね同工程の製造装置などの投入物と前行程のシリコンウェーハの製造工程に限定される。一方、最終電子製品の対米輸出需要が損なわれれば、中間電子製品、半導体チップ、シリコンウェーハのすべての製造工程に影響が生じることになる。アジア各国・地域は、世界最大の消費市場をターゲットに米国へ中間・最終電子製品の輸出を行っているが、同製品の製造に係る前工程をアジア域内で分業生産しているため、半導体関税は、アジア域内の貿易に広く影響を与えることになる。アジア域内における半導体サプライチェーン関連製品の貿易をみると、米国への輸出製品の前工程である半導体チップを中心に相当量の貿易を行っており、各国・地域の輸出総額に対して、台湾では4~5割程度、中国、韓国、ASEANでは2割前後、日本では1割強の関連製品を輸出している。そのため、中間・最終電子製品へ関税範囲が及ぶ場合には、アジア域内の半導体貿易への悪影響を通じて、経済全体が大きく下振れるリスクがある。
なお、米国の対アジア貿易赤字のうち、約3割は半導体サプライチェーンに関連する製品であり、この大宗を中間・最終電子製品が占めている。このため、今回の半導体関税の対象範囲が仮に半導体チップに限定されたとしても、トランプ政権の貿易赤字解消に向けたスタンスが軟化しない限りにおいては、中間・最終製品に対する高関税のリスクはくすぶり続けることになる。アジア各国・地域は、目先の半導体関税の内容如何にかかわらず、中長期的観点でサプライチェーンの再編を含めたリスク低減に向けた取り組みの検討を迫られよう。
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