アジア・マンスリー 2025年8月号
東南アジアで加速する少子高齢化
2025年07月28日 呉子婧
東南アジア諸国では、足元で急速な少子高齢化が進行している。高齢化への備えが不十分ななかで、今後、経済成長力の低下、財政負担の増大などが懸念される。
■東南アジアに迫る少子高齢化
東南アジア諸国は、豊富かつ安価な労働力を活かし、生産拠点としての重要性を一段と高めている。とりわけ、米中対立の長期化を背景としたサプライチェーン再編の動きが追い風となり、ベトナムやタイはグローバル企業による直接投資先として存在感を強めつつある。
一方で、足元の人口動態に目を向けると、これらの国にも少子高齢化の波が着実に押し寄せている。2023年のタイの人口ピラミッドをみると、若年層の減少により下部がすぼまり、いわゆる「つぼ型」に近い形状を呈している。ベトナムにおいても、65歳以上の高齢者数は人口全体の8.6%を占め、すでに「高齢化社会」に突入している。
国連の中位推計によれば、65歳以上人口の割合が7%から14%に倍増するまでの期間(倍加年数)は、タイで18年、ベトナムで17年と見込まれており、中国や日本を上回るスピードで少子高齢化が進展しつつある。
■人口抑制策の功過
この背景には、医療技術の進展等に伴う平均寿命の延伸に加え、かつて導入された人口抑制政策の長期的影響も挙げられる。
タイ、ベトナムともに、人口増加による食糧不足や貧困問題を懸念し、積極的な人口抑制策を導入してきた歴史を有する。タイでは1970年代初頭から「家族計画」と呼ばれる施策を通じて、避妊の普及と出生率の抑制を図った。ベトナムにおいても、1980年代末に「二人っ子政策」が導入され、1家庭当たりの子どもの数を最大2人までに制限し、出産年齢や出産間隔に関する制約も設けられた。とくに共産党員や公務員に対しては規制の適用が厳しく、違反者には罰金、左遷、解雇などの行政処分が科されるケースもあった。その結果、少子化が高齢化より先行する形で、総人口に占める生産年齢人口の割合が上昇し、それが経済成長を後押しするという発展段階における「人口ボーナス期」が到来した。
近年は急速な経済成長や都市化の進展に加え、教育費の上昇、晩婚化、ライフスタイルの多様化などの要因が重なり、出生率の低下傾向が一段と鮮明になっている。これまでタイにおける合計特殊出生率(TFR)の低下が広く認識されてきたが、ベトナムでも同様の動きが進んでいる。同国の2024年のTFRは1.91と過去最低を記録し、3年連続で人口置換水準(2.1)を下回った。とりわけ都市部での出生率低下が顕著であり、ホーチミン市では1.4前後と「超低出生率(1.5未満)」の水準にまで落ち込んでいる。こうした背景のもと、ベトナム政府は本年6月に長年続けてきた「二人っ子政策」を事実上撤廃した。
少子高齢化の進行により、今後は生産年齢人口の減少とともに人件費の上昇が避けられず、従来の低コストを武器にした労働集約型産業では収益圧迫の懸念が高まっている。こうした構造変化に対応すべく、東南アジア諸国は産業の高度化・高付加価値化を進めているが、研究開発投資や高度人材の不足、インフラ整備の遅れといった課題を抱えており、国際競争力の維持・向上に向けた制度・環境の整備が急務であろう。
■高齢化への対応力に大きな課題
こうしたなか、東南アジア諸国が依然として経済発展の途上にあること、社会保障制度が十分に整備されていないことも懸念材料である。2024年時点の1 人当たり国民総所得(GNI)は、タイが約8,000ドル、ベトナムは約4,700ドルにとどまっており、日本や米国が高齢化率14%に達した当時の3万ドル超と比べて、その差は歴然である。「豊かになる前に老いる」という構造的問題が、東南アジア諸国における社会・経済面の対応を一層難しくしている。
加えて、東南アジア諸国では定年年齢が相対的に低いうえ、労働人口に対する公的年金のカバー率は半分以下にとどまっていることから、高齢者が十分な所得を得られないという問題がある。介護人材や人口1,000人当たりの病床数も不足しており、高齢化の進行とともに医療・介護といった社会保障関連の財政支出増が避けられない見通しである。これは税や社会保険料の増額を通じて家計の負担増大と経済成長力の低下につながる。すでに財政赤字の拡大が進む国もみられるなかで、さらに高齢化を背景とした債務拡大と経済成長鈍化による税収減が重なれば、財政の持続可能性に対する懸念が一段と強まる恐れがあり、注意を要する。
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