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アジア・マンスリー 2009年10月号

【トピックス】
中国の「和諧社会」はどこまで進んだか

2009年10月01日 三浦有史


所得格差の拡大によって中国は不安定の度を増している。経済成長の持続性を高めるためには、格差 是正策の優先順位や成果目標を明らかにしたうえで、取組みを強化する必要がある。

■拡大する格差、増える暴動
9月初旬、世界銀行のゼーリック総裁は、中国が世界経済の早期回復に貢献していると評価するとともに、7.2%としていた同国の2009年の実質GDP成長率見通しを8%に上方修正した。1~3月期および4~6月期の成長率はそれぞれ6.1%と7.9%となったことから、2009年の最大の政策課題である「保八」(8%程度の成長を維持)が達成される可能性は高まった。これにより中国は早ければ2009年、遅くとも2010年に日本を追い抜き世界第2位の経済大国になる。

しかし、中国が今後も持続的な経済発展を遂げることが出来るか否かについては国内でも様々な見方がある。所得格差の拡大や環境汚染の問題に象徴されるように、今日の課題は経済発展の加速に反比例するものが多い。にもかかわらず、それぞれがどの程度の成長制約要因となるのか、あるいは、何を成果として、いつまでに、どのように解決すべきかについて共産党および政府内に明確なコンセンサスがあるとはいいがたい。

例えば、所得分配の不平等度を表すジニ係数は年によって多少の変動はあるものの、改革・開放の実施以降上昇しており、それに比例して、社会秩序を乱す犯罪、いわゆる暴動の発生件数も増加している。所得格差の拡大が社会を不安定化させ、やがて成長を損なうとする見方は内外に広く浸透しており、これに異論を唱える人は少ない。

しかし、所得格差の拡大に伴う社会の不安定化が社会全体を混乱に陥れるほど深刻か否かについては意見が分かれる。不安定化論の行き過ぎを主張する側の論拠とされるのが、社会の底辺を構成する農民や「農民工」と呼ばれる農村からの出稼ぎ労働者を取り巻く環境の変化である。2006年に農業税が廃止されたことで農民の実質所得は上昇した。「農民工」は、金融危機により職を失った人が多いものの、中長期的には未熟練労働力の不足に伴う賃金上昇や労働契約法による就労環境の改善が見込まれる。また、多少の問題はあっても、監視や情報統制が十分に機能しており、大きな問題には発展しないという見方もある。

さらに、社会調査においても、農民や「農民工」の不満が高まっているとみなすことに異議を挟むデータが提示されている。『社会青書』では、毎年、都市と農村における生活満足度に関する調査が行われているが、満足度は概ね都市よりも農村の方が高い。これに従えば都市農村の対立は一般に言われるほど深刻ではないといえる。

また、都市住民に対して「階層間で深刻な利益対立があるか」を聞いた調査では、都市戸籍保有者、「農民工」ともに「深刻」あるいは「かなりの規模」という肯定的な回答が「あるが少ない」あるいは「ない」という否定的な回答より少なく、しかも、「農民工」は必ずしも都市戸籍保有者より問題を深刻に捉えている訳ではないことが明らかにされている。このように不安定化論の行き過ぎを指摘する材料は少なくない。

■問われる中長期的な安定性
 米国の専門家の間では、現在発生している暴動はあくまで局地的なもので、グループ間の連携、具体的には農民あるいは農民工間の地域を越えた連携や民主化要求勢力と少数民族の連携がないため、国家として制御不能な状態に陥る可能性は低いという見方が支配的となっている。

問題は中長期的にみても同じことがいえるか否かである。上で紹介した社会調査のデータは多様な解釈が可能であり、それらが社会の安定を示すものであるかどうかについては慎重に判断しなければならない。例えば、生活満足度を左右する要因を調査した研究によれば、都市農村ともに健康、婚姻、年齢といった要素が満足度に大きな影響を与えることがわかっている。農民の生活満足度が高いからといって、彼らが暴動に加わらないとはいえない。

同じように、「農民工」が社会グループ間の対立を都市戸籍保有者ほど深刻とみていないからといって、階層間の対立が起こらないとみるのも早計である。上図のデータを引用した社会調査では、現在の階層対立だけでなく、将来の階層対立についても質問しているが、否定的な回答をした人と肯定的な回答の割合が逆転しており、今後この問題が悪化する可能性を示唆している。

胡錦濤政権は「和諧社会」(調和のとれた社会)の実現を掲げ、所得格差の是正に優先的に取り組む決意を示した。しかし、中国のジニ係数は2000年から「警戒水準」とされる0.4を超えており、低下する兆しがみられない。これは格差是正という政策目標の優先順位や成果目標が曖昧で、場当たり的な政策に終始してきたことの証左といえるのではなかろうか。

「和諧社会」への移行が進まないことに対する不満は次第に高まるものと予想される。人口の流動化や情報化の進展によって、農民や「農民工」は所得だけでなく医療や教育へのアクセス、あるいは、社会保障における格差にこれまで以上に敏感になると考えられるからである。また、土地の接収や環境汚染など、政府や企業との対立を引き起こす火種も増える傾向にある。

所得格差の是正なくして社会の安定はなく、社会の安定なくして持続的な経済成長がないことは明らかである。共産党と政府は、監視の強化や情報統制によって不安定化のリスクを覆い隠すのではなく、格差是正の重要性、成果目標、達成期限、工程表についてコンセンサスを形成し、不安定化の原因そのものを解消することに関心を向ける必要がある。
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