コラム「研究員のココロ」
企業経営における地球温暖化リスク
2009年02月09日 佐々木努
「グリーン・ニューディール政策」と呼ばれるオバマ新大統領の政策にみられるように、世界的に景気が後退する中で、地球温暖化対策が新たなビジネス機会の創出の切り札として大きく取り上げられるようになってきた。これまで多くの方が指摘していた、地球温暖化対策はビジネスチャンスになり得るということが実現に向けて動き出そうとしている。一方、景気後退により世界の温室効果ガス排出量の増加の勢いは鈍り、国によっては減少に転じるとの予測が存在するなど、「一見」地球温暖化問題が解決の方向に向かっているかのようにもみえる。こうしたことで、地球温暖化対策についての関心が薄れ、国・企業にとっての重要度が低下しているのが現状だろう。
そこで、本稿では改めて地球温暖化対策の必要性を訴えるべく、企業は地球温暖化をどのようにとらえるべきかを論じたい。特に、リスクという側面に着目し、企業経営と地球温暖化問題を整理する。
企業経営における地球温暖化に関するリスクは、(1)物理リスク、(2)規制リスク、(3)市場リスク、の3つに分類して論じられることが多い。以下、それぞれについて紹介する。
1.地球温暖化の物理リスク
物理リスクは、「海面上昇や異常気象など気候変動により生じる物理的現象が、企業の事業活動に対して影響を与えるリスク」と定義できる。例えば、海面上昇により沿岸部に立地している工場では浸水して操業停止を余儀なくされる恐れがあることや、気温上昇や渇水により農林水産業では収穫に影響が生じることなどである。図1に気候変動により生じる物理的現象と企業が受ける影響を模式的に示した。
物理的現象には、気温上昇や降水量の変化など気候変動そのものである「直接的現象」と、感染症の拡大や農作物の収量低下など「直接的現象」によって引き起こされる「副次的現象」が混在している。また、物理的現象が企業に与える影響についても、物理的現象から「直接影響」を受ける場合と、調達先や顧客が受けた直接的影響の「副次的影響」を受ける場合が存在するだろう。副次的なものほど事象の発生確率や、企業活動に与える影響のパス(経路)を想定することが難しい。また「副次的」の設定範囲によって想定できる影響やそのパスも異なるだろう。
気温上昇や海面上昇といった気候変動により生じる現象を見聞きしたとき、第一次産業の問題、途上国の工場の問題などとして、自社の問題と認識する企業は多くないはずだ。しかし「副次的」なものにまで範囲を広げ、自社の事業活動への影響や、影響のパス、影響度などについて検討する必要がある。
2.地球温暖化の規制リスク
規制リスクは、「地球温暖化を回避するための温室効果ガスの排出規制やエネルギー管理規制が事業活動を制限したり、事業収益性を損ねたりするリスク」と定義できる。排出量取引制度や環境税などが代表的で、地球温暖化に関連するリスクの中で最もイメージしやすいリスクである。
規制リスクを考える際には、ローカル(例:省エネルギー法やトップランナー方式など)とグローバル(例:国際排出量取引制度など)という視点と、短期(~2012年)・中期(~2020年)・長期(~2050年)という視点の両方が必要である。これらの視点でもって、種々の規制動向を漏れることなく調べ、自社への影響を考えなければならない。
例えば、ローカルかつ短期的な視点では、省エネルギー法の目標をクリアするためにエネルギー効率を改善する取り組みが必要である。一方で、グローバルかつ中期的な視点では、温室効果ガス総量を20%程度削減する目標を達成するための行動が必要である。エネルギー効率向上と総量削減とは一定程度相関はあるものの、取り組みの方向性に違いがあるので、両者の共存の仕方を考えながら取り組む必要がある。
このように、「ローカル・短期」、「グローバル・中期」、「ローカル・長期」など各々の規制対応策は同一直線上に存在しないことがあるため、企業が効率的に取り組みを実施するための「連続性」を確保するには、予め規制動向を想定して打ち手を整理しておかなければならない。
3.地球温暖化の市場リスク
市場リスクは、「地球温暖化により社会・消費者の需要が変化し、事業機会の縮小・消失が生じるリスク」と定義できる。「物理リスクや規制リスクなどへの対応が不十分であったため、地球温暖化分野においてReputation(評判)が著しく損なわれ、結果として社会・消費者から支持を失うリスク」もこれに含まれる。例えば、規制リスクが高まり省エネ性の高い製品・サービスが求められる中、そうした製品・サービスラインナップを有さない企業の業績が悪化する場合などである。自動車や電機などの業種では既にこのようなリスクが顕在化しつつある。また、物理リスクや規制リスクへの対応が業界内で遅れており、今後大きな経済的損害を被ることが予想される企業は、投資家や金融機関からの評価が低下し、資金調達が難しくなるだろう。これも市場リスクの具体例の1つである。
市場リスクは、仕入先や顧客といった自社製品のサプライチェーン上の関係者を中心に、株主・投資家、社員、NGO・NPO、マスコミなどの企業を取り巻くステークホルダー全体から考察することが必要である。
また、市場リスクは「チャンス」と表裏一体でもある。省エネ・省CO2性能が他社製品よりも優れていれば、規制リスクが高まった社会(あるいは市場)では顧客に強く訴求でき、売上拡大につながる。地道な温暖化対策への取り組みがマスコミやNPOなどから評価されると、メディアへの露出が増え、就職活動中の学生の間で企業認知やイメージ向上が進み、優秀な社員の獲得につながる可能性もある。
市場リスクを考える際には、社会・消費者の需要の変化を想定することが重要である。こうした変化は、物理リスクや規制リスクにより生み出される可能性が高い。したがって、市場リスクによる影響を把握するためには、物理リスクや規制リスクについて検討しておかなければならない。
4.地球温暖化のリスクにむけて、まず取り組むべきこと
現在、地球温暖化問題に対して多くの企業が依然として「様子見」の状況にある。「物理リスクは科学的に立証されていない部分もあり、しばらく様子見したい」、「規制リスクは政治交渉で決定されるため企業単独ではマネジメントできないので、詳細が決定するまで様子見したい」、といった声をよく聞く。「様子見」とはいいながら、「諦めている」企業はいないだろうか。
リスクマネジメントとは、事象が生じる前にその影響を回避・低減させるための手法であるから、「諦めの様子見」が適切な打ち手であるはずがない。不確定ではあるが、想定される規制リスクをリストアップし、それが導入された場合の自社への影響度合いを把握し、取るべきアクションとその優先順位を用意し、実施するタイミングを社内合意し、それをとりまとめて実施する部署を決定し、予算の確保に向けて実務的な準備を行う、こうした一連のプロセスが必要である。
地球温暖化のリスクに対応するための「本当の様子見」とは、上記のような事前準備を完了した上で行うことだろう。「諦めの様子見」を続けることがリスクをより大きなものにするのである。