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コラム「研究員のココロ」

排出権初級
~排出権・排出量・排出枠~

2008年05月02日 三木優


1. 排出権取引と排出量取引

 ここ数ヶ月、急に「排出量取引」という単語を使う方が増えてきている。これまでは「排出権取引」を使う方が多かったのだが、気がつくと政府のプレスリリース、新聞・TVでは排出量取引が一般的な用語になっている。私が出演した番組でもディレクターより「当番組では排出量取引で統一していますので、よろしくお願いいたします」と言われ、ぎこちなく「排出量取引とは・・」と説明している状態である。
 いつ頃から排出量取引という用語が頻繁に使われだしたのか気になったので、日経記事を検索できる日経テレコンで調べてみたところ、以下のような結果となった。

過去3年間の記事数2008年3月以降の記事数と構成比
排出権取引93831( 3.3%)
排出量取引13389(66.9%)
※1 対象紙:日経朝夕刊・地方面、日経プラスワン、日経産業、MJ、日経金融、日経速報ニュース
※2 検索日:2008年4月18日
※3 過去3年間:2005年4月19日~2008年4月18日
※4 2008年3月以降の記事数は、過去3年間の記事数の内数

 日経新聞が世の中で使われている用語を全て決めている訳ではないが、トレンドを見る上では、経済新聞として確固たる地位を持つ本紙は参考になる。そのことをふまえてこの結果を見ると、急激に排出権取引から排出量取引へ単語の置き換えが進んでいる事が分かる。排出権と排出量の他にも、使用頻度は低いが「排出枠」と言う単語もある。
 このように現状では、「排出権・排出量・排出枠」という言葉が入り乱れている状態にある。今回はそれぞれの言葉を整理しながら、アローワンス(注1)やクレジット(注2)およびこれらの取引をどのような単語で表せばいいのかを考える事にする。

2. 英語ではEmissions Trading

 排出権取引と言う単語は、京都議定書の中で京都メカニズム(とこれに内包される排出権取引)が認められた事により、広く知られる事となった。しかし、京都議定書以前から、既に排出権取引の概念はあり、元々は水資源の汚染対策について、トロント大学のデイルズ教授が「land, water, and ownership」と言う論文の中で提唱したものである(京都大学の植田教授が日経BPサイトに掲載している排出権取引関連のコラムに、詳しい記述があるので参照して下さい)。
 したがって、元々は海外で考え出された概念であるため、「それ」を表す言葉も英語であった。英語で排出権取引を意味する「Emissions Trading」を最初に翻訳した方が、デイルズ教授の書いた論文やその意図・仕組みを理解して、「排出権取引」と言う日本語を割り当てたと考えられる。しかし、元々は英語であるため、その解釈の仕方に異論の有る方達が「排出量取引」が妥当であると主張しており、近年になって様々な理由から「排出量取引」が優勢になっていると考えられる。
 このように、解釈の仕方により用語にブレが生じている事から、ここで日本語として「排出権・排出量・排出枠」と言う言葉を私なりに整理してみたいと思う。

言葉解釈英語表記
排出権排出する権利Rights of emit
排出量排出した量Emissions
排出枠排出出来る上限枠Allowance

 このように整理してみると、英語の「Emissions Trading」を直訳すると確かに、「排出量取引」が妥当なようである。しかし、実際の排出権取引は「排出した量」を取引しているのだろうか。また、デイルズ教授が示した「Emissions Trading」も同様に「排出した量」を取引するものなのだろうか。
 実際の排出権取引は、世界中を見渡しても「排出した量」を取引する制度ではない。デイルズ教授は、大気という誰でも自由に利用できる「資源」に対して、規制措置として「利用できる権利」を設定し、それを適切に配分する事で外部不経済を内部化することを提案していた。つまり、直訳では「排出量取引」が尤もらしいのだが、実情や本来の意味を理解すれば「排出量取引」は妥当でないと言える。

3. 結局は排出権取引

 昨年11月に掲載の「排出権入門」において説明しているように、現在、世界において流通している排出権は2種類有る。一つはEU-ETSにおいて流通しているEUA等のアローワンスであり、もう一つは京都メカニズムに基づいて、国連より発行されているCER・ERUのクレジットである。それぞれついて、実際に適用されているシステム等を考慮して、私なりに整理してみたものが以下の表である。

概要妥当性のある日本語英語表記
EU-ETS等におけるアローワンス政府より各設備に排出上限=枠が設定され、アローワンスが配分される排出枠Allowance
京都メカニズムに基づいて発行されるクレジットプロジェクトごとに温室効果ガス排出削減量を査定し、クレジットを発行する削減量Emission reduction

 私なりに整理をしてみた結果、EU-ETS等のキャップ・アンド・トレード(注3)におけるアローワンスの取引は「排出枠取引」と呼ぶべきであり、京都メカニズムに基づいて、国連より発行されるCER・ERUのクレジットの取引は「削減量取引」と呼ぶべきである。
 個人的には、コンサルタントは言葉の意味に注意を払い、言葉遣いの正確さに配慮すべき業種と考えている。しかし、一方で我々のお客様において、似たような言葉が乱立する事により、混乱してしまう事も避けるべきであると考えている。アローワンスの「排出枠」とクレジットの「削減量」は、見方によってアローワンスやクレジットを使う事により、デイルズ教授が提唱した、「規制された資源を利用出来る権利=排出権」を行使していると捉える事が出来る。そのため、私はあえて「排出枠取引」と「削減量取引」を束ねた概念として「排出権取引」と言う言葉を使う事にしてきた。
 しかし、最近の新聞・TVの報道を見ていると直訳の「排出量取引」を疑問もなく使っている事やアローワンスの「排出枠取引」とクレジットの「削減量取引」を完全に混同して論じている事が増えてきており、「排出権取引」を使わずに「排出枠取引」や「削減量取引」を使うべきではないかと考え始めている。
 私は、地球温暖化対策について、企業の経営層や環境部門の担当者との意見交換を進めている。その意見交換において、有名企業の経営者が「CERを使って、ヨーロッパが金儲けをしている」と発言するなど、依然として排出権に対する誤解や知識不足が解消されていないと感じている。
 大気は有限な「資源」であり、その利用には適切な制限が必要であると言う考え方はIPCC第4次報告書のメッセージと重なるものである。言葉が変わる事により、全てが変わるわけではないがCER・ERUのクレジットは間違いなく温室効果ガス排出削減量に応じて発行された「削減量」で有る事など、私自身、今回のコラムを書くことで、事実を正確な言葉で、わかりやすく伝えていく事の大切さを改めて認識することとなった。


注1 アローワンス:
ある遵守期間内の温室効果ガスの排出量あるいはその発生源の生産・輸入量もしくは販売量に相当する量に対して割り当てられる排出許可証のこと。

注2 クレジット:
温室効果ガス排出削減ユニットを一般に「クレジット」として呼称している。京都メカニズムのもとでは、AAU、ERU、CER、tCER、lCER、RMUが取引対象クレジットとなる。

注3 キャップ・アンド・トレード:
二酸化炭素排出量の削減方法の一つ。各企業あるいは事業所単位で1年間に排出できる二酸化炭素量に上限値(キャップ)が設けられ、それを達成できない場合は罰金等の罰則が科せられる。補完的な仕組みとして、上限値まで二酸化炭素排出量を減らすことが出来ない企業は、他の企業から排出権を買って(トレード)自社の上限値を引き上げる事が出来る。理論的には最小の費用で目的とする二酸化炭素削減量が達成できる。一方で、どのように決めても上限値を巡って企業・事業所間に不公平感があるなど制度としての課題も指摘されている。
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