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Business & Economic Review 2009年6月号

【特集 諸外国の放課後対策~学力低下と学童保育問題へのアプローチ】
特集にあたって なぜ小学生の放課後対策なのか-日本の放課後対策の現状と課題

2009年05月25日 調査部 ビジネス戦略研究センター 主任研究員 池本美香



  1. 調査研究プロジェクトの概要

    日本総合研究所では、2008年10月に「初等教育に関する調査研究プロジェクト」を立ち上げ、諸外国の放課後対策について調査を行った。プロジェクトには、6名の外部研究者の参加を得て、国ごとに調査をご担当いただくとともに、4回の研究会で各国の報告や議論を重ねてきた。今号では、特集として、その調査結果の概要について紹介する。なお、調査結果の詳細についてはホームページで紹介しているので、そちらもあわせて参照されたい(http://www.jri.co.jp/thinktank/sohatsu/education)。

    (1)プロジェクトの狙い
    まず、なぜ小学生の放課後対策なのか、プロジェクトの狙いについて説明したい。

    グローバル競争が激化し、人口減少が進展するなか、「次世代につながる国づくり」にとって人材育成の重要性が高まっている。そのなかで、これまで初等教育(小学校)については、学力が世界のトップクラスであったこともあり、特段問題があるとは考えられていなかった。しかし、近年学力低下、運動能力低下、教育格差の拡大、学童保育(放課後児童クラブ)の不足、学校教員の精神疾患の増加、小1プロブレム(注1)、学校に理不尽な要求を繰り返す「モンスターペアレント」、児童虐待の増加など、様々な問題が指摘されるようになっている。

    政府は「ゆとり教育」に対する批判の高まりを受けて、学習指導要領を改訂して授業時間数を増やす、教員批判に対して免許更新制を導入する、子どもが犠牲となる事件の発生に対して「放課後子どもプラン」を打ち出す、新待機児童ゼロ作戦に学童保育も含めるなど、対症療法的な対応を一応は行っている。しかし、文部科学省と厚生労働省の縦割り行政の結果として、学校(文部科学省所管)、学童保育(厚生労働省所管)、学童保育以外の活動が分断されており、国として初等教育の時期の子どもをどのように育てようとしているのかのビジョン・戦略が欠落している。

    かつては、在校時間外の自由な時間に、家庭や地域社会において、子どもは人格形成や情操教育につながる様々な体験をしていた。家庭での手伝い、地域での異年齢の子どもや多様な大人との出会い、自発的な遊びや自然体験などを通して、責任感、忍耐力、チームワーク、自信、体力・運動能力、コミュニケーション能力、創造力、集中力を得たり、ストレスを発散したりできたことで、学校は学業にある程度専念できた。しかし、昨今、家庭では世帯当たりの人数の減少、サラリーマン家庭の増加、家電製品・外食の増加などで、子どもが家業や家事に関わる機会が大きく減った。地域では、女性の就業の増加で地域活動の担い手が減り、都市化とともに自然の空間が減り、モータリゼーションとともに交通事故や犯罪の不安も高まり、子どもが社会を体験できる機会が制約されつつある。つまり、家庭や地域社会といった「学校外」での子どもの教育機能が低下するなか、この学校外教育の機能を再構築する必要性が高まっている。ここに、とりわけ人材育成上重要な時期である小学生の放課後に注目する理由がある。

    小学校の授業時間がOECD平均より短い(注2)日本では、子どもが学童保育で過ごす時間は在校時間より長く、さらに学童保育より長い時間を家庭や地域で過ごしている。この長い放課後の時間をどうすべきかについて議論せずに、人格形成も含めた一切の教育の問題を学校制度だけで解決しようとすることには限界がある。放課後の問題がこのまま放置されれば、学業とあわせて人格形成の面でも問題が深刻化し、将来的に人材の制約、犯罪の増加、医療費等社会保障費負担の増加などを通じて、経済活動にマイナスの影響を及ぼすことが懸念される。さらに、小学生の子を持つ親が、子どもの教育や放課後の安全などに対して不安を抱え、個々人でそれらに対応しなければならない状況は、親の労働生産性の低下や母親の就業中断につながり、経済にとってマイナス要因となる。さらに、小学生の子どもを持つ親の不安や負担感は、一層の少子化を招く可能性があるという意味でも問題である。

    今後は、学校と家庭・地域を含めた新しい教育に関する社会的システムの創出が求められている。すでに諸外国では、学校教育のみならず学校外活動も含めた包括的な議論が活発化しており、放課後に関しても政策的な対応に力を入れている。そこで、本プロジェクトでは、学校・家庭・地域・企業なども含め、初等教育における人づくり・教育の在り方について、放課後への政策的対応を中心に、諸外国の状況を調査することとした。学童保育等の放課後にかかわる政策の現状を把握するとともに、その政策の効果や政策の背景にある考え方を探り、日本の初等教育における政策的な課題を明らかにすることが、プロジェクトの狙いである。

    (2)調査方法
    8カ国を対象に、国別に文献調査・現地ヒアリング等を行った。調査対象国とその選定理由は以下の通りである。

    フランス:出生率が高く、保育制度が充実している。
    ドイツ:日本同様、出生率が低く、学力低下が近年大きな話題となっている。
    スウェーデン:行政中心で学童保育が整備され、最近学校と学童保育の所管を一元化した。
    フィンランド:学力世界一で注目されている。
    イギリス:子ども政策重視に転換し、最近学校と児童福祉の所管官庁を一元化した。
    アメリカ:民間主導で放課後への対応が進められている。
    オーストラリア:乳幼児期の保育分野での民営化が注目されている。
    韓国:日本同様、出生率が低く、受験戦争が過熱している。
    対象国の選定にあたっては、日本と同じような問題を抱えている国がどのような放課後対策を検討しているかに加え、高い出生率、高い学力の国の放課後対策がどうなっているのか、民間主導の国と行政中心の国の放課後対策がどうなっているかなどの視点で、バリエーションを持たせている。

    調査の主な項目は、a.学童保育の状況(政策の経緯、提供方法など)、b.学童保育以外の放課後活動の状況(政策の経緯、提供方法など)、c.その他子どもを取り巻く環境(学校教育、家庭など)である。

    次章では、まず日本の放課後対策の現状についてみておきたい。

    (注1) 小1プロブレムとは、小学校1年生が集団行動を取れない、授業中に座っていられないなどで、授業に支障を来たすケースが増加していることをいう。
    (注2) 7~8歳ではOECD平均796時間に対して、日本は707時間、9~11歳ではOECD平均839時間に対して、日本は774時間(OECD, Education at a Glance 2008 TableD1.1)である。

    以下、目次のみ

  2. 日本の放課後対策の現状

    (1)学童保育の現状
    (2)学童保育以外の放課後の現状
     a.児童館・公園などの遊び場
     b.塾・習い事・補習
    (3)小学生の放課後対策の課題
     a.学童保育の待機児童問題
     b.学童保育の質の問題
     c.学童保育以外の放課後活動の質の問題


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