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Business & Economic Review 2006年08月号

【OPINION】
見えてきた新しい日本型経営の形-「人と組織」の観点から

2006年07月25日 調査部 マクロ経済研究センター 所長 山田久


バブル崩壊後のわが国にとっての至上命題は、それまでの「日本的な」やり方の非効率性を打破し、「市場化」の方向へと改革していくことであった。しかし、ここにきて時代は再び「日本的なもの」を再評価する方向へと振れつつあり、「日本型経営」の利点を見直す動きも強まってきた。しかし、それは果たしてかつての「日本的なもの」への回帰なのであろうか。本稿では、過去10年の経済・経営を巡る変動を改めて振り返りつつ、企業経営の在り方のベースを規定する「人と組織」の観点から、今後の新しい日本型経営の形について展望する。
  1. 「市場化」と「日本的」との確執
    1990年代に入ってからのわが国経済社会にとっての最大のテーマは、a.アメリカ型株価資本主義の勢力増大、b.アジア諸国の工業化の本格的進展、c.情報通信革命の加速、といった環境激変のなかで機能不全に陥ったそれまでの「日本的」な制度・慣行を抜本的に見直し、アメリカ型を手本として制度や経営手法を「市場化」の方向に変革していくことであった。

    すなわち、バブル崩壊直後、日本経済は急激な景気後退に直面したが、90年代前半期には、その原因は基本的に80年代後半期の大型景気の反動であるとの見方が一般的であった。このため、ケインズ型の需要創出策で景気の落ち込みを緩和することで失業率の上昇を抑えるべきであり、各種のストック調整が終了すれば自ずと経済は成長軌道に復帰するものと、一般的に考えられていた。この間、戦後日本型システムの限界を指摘する声はあったものの、企業間取引・労使関係・資金調達構造の各面で長期的・相対的関係を重視する日本的なやり方を、基本的には維持すべきであるとする考え方が主流であった。

    しかし、日本経済は予想外の低迷を続け、97年春の消費税率引き上げによる消費の落ち込みを皮切りに、アジア経済危機発生による輸出の急減、そして大手金融機関の破綻を契機とする金融危機発生による設備投資の収縮など、相次ぐマイナス・ショックに遭遇することになった。こうした経済危機の到来に前後して、80年代に業績不振に苦しんだアメリカ企業の「復活」「席捲」が伝えられ、マスメディアでは株価資本主義の優位性が喧伝されるようになった。さらに、急進する情報通信革命が市場取引重視型の企業間関係・労使関係・資金調達構造の優位性が高まる方向に作用する、との見方が勢いを得た。

    そうしたなか、系列取引、メインバンク制等いわゆる日本的システムに対する批判的な論調が強まり、既得権益に守られた古い業界秩序を壊すべく規制緩和が進められた。さらに、間接金融から直接金融へのシフトを促すよう、金融行政は護送船団方式から自己資本比率規制方式への転換が図られた。

    こうした苦しい“自己否定の時代”を経て、ここ数年来、わが国の企業収益体質は大幅に強化され、日本経済にも明るさが戻ってきた。この間、つい最近まで手本とされてきたアメリカ型株価資本主義については、エンロン・ワールドコム事件に象徴されるように、それが必ずしも完璧でないことが示された。さらに、アメリカ型人事を目指した「成果主義」は様々な批判に晒され、むしろ日本的な長期雇用や育成重視の視点が見直されつつある。

    つまり、90年代以降の「市場化」の流れにブレーキがかかり、「日本的」なものを再評価しようという方向に、時代は再び大きく振れようとしているようにみえる。

  2. 環境変化に適応した“新しさ”
    では、今後はかつてのやり方が再評価され、いわゆる日本型経済システムや日本型経営が復活していくのであろうか。確かに、過去10年来の一種無批判的なアメリカ追随の流れは反転しつつあり、ここにきての経済の復調を受けて、一転して「日本的な」ものへの回帰を唱える向きもみられる。しかし、再び振り子を80年代の“古きよき時代”へと戻すことはもはや不可能であり、今求められているのは環境変化に適応した“新しい「日本的な」もの”を創り出すことであろう。そうした観点からすれば、日本企業は90年代を経て、変化した環境に適応した“新しさ”を不完全ながらも着実に身につけつつある。

    その新しさの第1は「開放性」である。

    かつて日本企業の取引関係を特徴付けていた「系列取引」が弱体化した。「系列取引」は、自動車産業をはじめとする、いわゆる「擦り合わせ型産業・事業」にとっては製品の品質向上の面でメリットがあったものの、得てして企業間に馴れ合いを生み、非効率性の温床となって高コスト体質につながりやすいというデメリットがあった。バブル崩壊後の景気低迷の長期化、グローバル化の進展による内外コスト競争の激化により、このデメリットが目立つようになり、系列取引の見直しが本格的に進展した。その結果、とりわけ欧米から不透明で非効率的と批判された「流通系列」については、いわゆる中抜き現象の加速によって多くが解体を余儀なくされた。「生産系列」についても、企業の海外進出や部品数の削減などにより、大幅な再編が進展した。この結果、効率性を犠牲にしても安定性を優先させてきたわが国の企業間取引は、効率性を考慮して取引関係を見直す「開放性」を身につける方向へと変容した。

    こうした「開放性」は、「終身雇用」という言葉で表現されてきた日本的な労使関係のあり方に関してもみられはじめている。それは中途採用の増加という形に端的に現れている。この背景には、商品開発サイクルの短縮化・イノベーションのための異分野技術の融合といった要請に応えるためには、同業他社のみならず異業種からも転職者を受け入れることが必要になっているとの事情がある。

    日本企業が身につけつつある第2の新しさは「戦略性」である。

    内外競争の激化・商品サイクルの短縮化が進展するなか、経営資源を成長性があり収益性の高い分野へと、いかに迅速にシフトするかが経営パフォーマンスを左右するようになっている。ダイナミックに変化する市場環境の先を読み、自らの強みを発揮させていくための「戦略性」こそが企業生き残りにとっての不可欠な課題となっているのである。
    そうしたなか、企業にとっては経営資源の「選択と集中」が合言葉となり、その実現のためのリストラクチャリングが本格化した。とりわけ、90年代末から2000年代はじめにかけて、不採算事業の整理が本格化するなか、タブー視されていた終身雇用にメスが入り、大規模な人員削減も実施された。

    その一方で、企業のコア・コンピタンスを明確にし、本業回帰のスローガンのもとで経営資源を中核分野へと集中した。成長事業のスピーディーな拡大を狙ったM&Aも急増した。さらには、得意分野での逃げ切りを狙い、将来に向けてリスクをとって大規模な投資を行う大胆さも身につけつつある。

    さらに第3の新しさは「収益性」である。

    この背景には「株主の圧力の強まり」がある。90年代後半以降のわが国金融を巡るパラダイム転換は、メインバンク制を弱体化させることで株式持ち合いを解消に向かわせた。それと表裏一体の関係として、外国人や個人の株主が増え、日本企業は株式市場の圧力のもとで、資本効率重視の経営スタンスに転換することを余儀なくされた。

    そうしたなか、すでに指摘したように、かつては雇用維持や取引関係維持のために行われてきたような不採算事業は整理され、ROEに代表される収益性の確保が事業継続の条件となった。この結果、財務省「法人企業統計季報」でみた売上高経常利益率は、既往最高水準にまで上昇している。

  3. 環境変化に適応する形での「強さ」の進化型
    バブル崩壊後の十余年は、以上で指摘した“新しさ”を追及する厳しい自己否定の時代であった半面、その過程で改めて自らの「強さ」の所在を確認することができた時代でもあった。しかし、その強さは元の形のままではなく、“新しさ”をまとった姿へと変貌しつつある。その“新しさ”をまとった「強さ」とはa.“開放性のある長期的関係”、b.“戦略性に方向付けられた現場力”、c.“収益性を前提にした成長志向”の3点に集約される。以下では、経営のあり方のベースを規定する「人と組織」の視点から、これらの具体的なイメージを提示することを通じて新しい日本型経営の形を考えてみたい。
    (1)開放性のある長期的関係
    90年代、わが国経済の再生は新しい産業・新しい企業により牽引されることが期待され、それを促すための規制改革や創業者支援策が様々に講じられた。しかし、最近における日本再生の立役者はIT産業やベンチャー企業よりも、トヨタやキヤノンといった既存産業における大企業であった。経営の根幹となる労使関係の在り方に注目すれば、これらの企業では経営トップが「終身雇用」の維持を表明するなど、長期的な関係が重視されている。また、90年代末以降人員リストラが急増し、「終身雇用」はもはや日本企業全体の特徴とは言い難くはなったものの、状況が許す限りは継続雇用を前提とした長期安定的な労使関係を、基本的に維持している企業が大半を占めるといえる。

    もっとも、この長期的関係は、かつてのいわば「閉鎖的・固定的な長期的関係」ではない。それは外に開かれた“開放性のある長期的関係”である。例えばキヤノンは終身雇用を維持する一方、年功ベースから役割ベースの評価報酬制度へとシフトし、中途採用も積極的に行っている。日本企業全体でみても、すでに指摘したように中途採用が着実に増えており、今後とも長期雇用を基本とするとは言っても、ある事業の競争力が失われた場合、人員削減を伴う事業売却や撤退を行うことは避けられなくなっている。

    こうした新しい長期的関係のベースとなるのは「透明性」というコンセプトである。長期的関係のもとでは文字通り長期的な視点で経営や人材育成が可能となる一方、ややもすれば目標達成へのモラルハザードが起こりやすい。それは経営レベルでも現場レベルでも同じであり、ミッションを明確化したうえで、その達成度で評価するという、「透明性」の高い仕組みを根付かせる必要があるといえよう。

    具体的には、まずは企業ガバナンスにおける透明性向上に向けて、経営パフォーマンスに対する結果責任を果たすとともに、有能な経営者の育成・選抜のための「サクセッション・プラン」を実践することが重要であろう。現場の人材マネジメントにおける透明性向上に向けては、職種・職務ごとに求められる能力要件を体系的に示した「コンピテンシー・ディクショナリ」の整備や、上司・部下間のコミュニケーションを通じて従業員の主体的なコミットメントを促すMBO(目標管理制度)の本来的運用などにより、職責・職務の明確化・アカウンタビリティー強化を図ることが不可欠である。

    また、やむを得ず雇用関係を解消せざるを得ない場合、その不可避性に対する十分な説明責任を果たすことや、日ごろの能力開発へのサポート、十分な再就職支援スキームを用意しておくなど、「透明性」の高い退職マネジメントのプロセスを用意しておくことが、事業再編が日常化した時代においては、却って労使の信頼関係を高めることにつながろう。

    (2)戦略性に方向付けられた現場力
    トヨタ、キヤノンをはじめ、日本の優良企業は例外なく「現場」を重視している。なぜならば、企業の中核競争力(コア・コンピタンス)を最終的に決めるのは提供する製品・サービスの質であり、それは工場や売場、さらには研究開発の現場も含め、顧客価値の創造に直接携わる「現場」で働く普通の人々が自らの仕事に誇りを持ち、工夫を凝らして主体的に取り組むことのできる職場風土により生み出されるものであるからだ。

    もっとも、経営環境の複雑化・内外競争の激化により、「現場力」を企業の高業績として結晶させるには、経営の「戦略性」が不可欠になっている。環境変化のスピードが加速し競争が激化するなか、「現場」にいくらユニークで品質の良い製品を開発・製造できる能力があろうとも、あるいは、顧客に感動を与える質の高いサービスを提供できる能力があろうとも、「経営」が事業ドメインに敗退市場を選んだり、無謀な多角化により経営資源を拡散してしまえば、その実力を発揮することはできない。求められているのは、“強みの源泉である現場力”の実態を熟知したうえで、内外競争で勝ち残ることのできる事業分野を適切に選び取り、長期的な視野のもとで経営資源の思い切った投入を行うことで、現場力の持ち味を十二分に活かしていくことのできる経営戦略である。一方、現場に強みの根源があるからといって、経営は現場を“聖域化”するのではなく、現場の生の情報を集め現場と問題意識を共有したうえで、経営戦略に立脚した高次の視座から現場に問題提起し、これを鍛えていくことが必要である。そうした“戦略性に方向付けられた現場力”がいかに育っていくかが、企業の浮沈を決定付ける要素といっても過言ではない。

    それを実現するには、経営者が、自社の現場力に裏付けられたコア・コンピタンスの性質を正しく認識することが出発点となる。そのうえで、その現場力に裏付けられた自社の強みを、環境変化に適応させる形で一段の強化・飛躍につなげていくための経営戦略を構築することが求められることになる。そもそも「戦略」とは現場力の発揮・強化のためのものであり、逆に言えば、適切な戦略を通じてはじめて現場力は環境変化に対応して進化していくことが可能になる。

    (3)収益性を前提にした成長志向
    財務体質の健全化が至上命題となった90年代末から2000年代初めのダウンサイジングの時期においても、グローバルな競争力を持つ優良大手メーカーは、海外市場での新たな成長市場の開拓に注力し、着実な成果をあげてきた。そして、ここにきて業種・業界を問わず、コスト削減優先の低価格戦略に終止符を打ち、顧客満足度の向上を第一義に考える商品・サービスの提供を通じ、付加価値に裏付けられた単価の引き上げを通じた成長戦略が追求されはじめ、経済全体にも活力が戻ってきた。

    働き手の能力を最大限に引き出すためにも、企業の成長は重要である。その仕事のプロとして、あるいはより広く“人として成長していく”ことが働くモチベーションにつながるが、そのためには業容が拡大し、従業員に対して前向きで難易度の高い仕事に次々にチャレンジしていく機会が与えられることが求められるからだ。

    このように、「成長」こそ企業活力を生み出す最も基本的な原理といえるが、ここで重要なのは“収益性を考慮した成長志向”でなければならないという点である。株主の圧力が強まるもとで、収益性を無視した一本槍の拡大戦略はもはや成り立たず、「事業の選択と集中」は今や不可避の課題となっている。人口減少による国内市場の縮小、グローバル競争の激化のもとで、追求すべきは量的成長ではなく「質的成長」である。それは横並びの拡大戦略ではなく、適切に選ばれた事業分野において強みとしての現場力を十二分に引き出すことで、商品・サービスの高付加価値化を進め、新商品市場の開拓を目指す戦略である。
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