Business & Economic Review 2005年04月号
【STUDIES】
ICカード導入の成功要因と金融分野での応用例
2005年03月25日 技術本部 本部長 森陽一、技術本部 主任技師 宮脇訓晴、調査部 主任研究員 岩崎薫里、副主任研究員 藤田哲雄
要約
- わが国ではIC カードを用いた事業展開が模索されてきたものの、限られた分野を除くと苦戦続きであり、長い間本格的に実用化されることはなかった。とりわけ金融分野では、積極的な取り組みにもかかわらず苦戦が顕著であった。すなわち、電子マネーの導入実験が各地で行なわれたものの、利用が定着するには至らず、クレジット・カードへのIC チップの搭載が進んでも、チップ内に入れる魅力的なサービスの考案が遅れていた。
- ところが、ここにきて公共交通機関のIC 乗車券カードがJR東日本のSuicaを中心に順調に普及してきており、ICカード全般の本格的な普及に向けた突破口として注目が集まっている。こうした事例と過去における苦戦事例を比較すると、ICカードの導入を成功させるための鍵が浮かび上がってくる。具体的には、a.消費者にメリットがあること、b.利用頻度が高いこと、c.サービスの提供者である事業会社が導入コストに見合うメリットを享受できること、の3点が指摘できる。
- 最近登場した新たな形態の電子マネーであるSuica 電子マネーおよびEdyに関し、この3点から照らし合わせてみると、3点目の「提供者メリットがコストに見合う」が実現されていない。したがって、現在の仕組みのままでは本格的な普及には限界がある。電子マネーを取り扱うことのメリットを、コストに見合うまでに引き上げることが必要となってくる。
- そうした付加的なメリットとなり得る有力な候補の一つが、搭載したICチップを利用して、電子マネーをマーケティングのツールとして活用するスキームである。ICカードについて改めて考えると、情報をカードに随時書き込み、携行できるという特徴がある。この点を活用して、消費者が電子マネーを用いて財・サービスを購入した際にカード内に購買情報を書き込み、その情報をCRMに活用する、というスキームが考えられる。
- 一方、クレジット・カードについてみると、電子マネーの機能を併せて搭載することで、カード利用時に購買情報がカードに書き込まれるようにする。そうなると、小額決済分野は電子マネーが、高額決済分野はクレジット・カードが担う形で、個人の購買行動の相当部分を捕捉することが可能となり、CRMのツールとしての潜在力はさらに高まる。
- 金融ICカードを用いたマーケティング事業としては、これまでほとんど行われてこなかった、「広範な業種にわたる販売データを利用したマーケティング」が有望と判断される。電子マネー運営業者やクレジット・カード会社などの決済ソリューション会社は、a.様々な業種や業態と接点がある、b.販売時点でのデータを送信できる通信インフラが整備されている、c.購入者の属性情報を把握している、などの特徴を備えており、こうしたマーケティング事業を行うことは十分可能であろう。
- 具体的なスキームとしては、まず会員が加盟店で金融ICカードを用いて財・サービスを購入するたびに、購買情報をデータ・センターに送信する。データ・センターでは、収集したデータをもとに会員の最新の嗜好を把握し、その嗜好をコード化したうえで会員のカードに書き込む。加盟店はカード内の嗜好コードを読み取って販促活動に利用する。このスキームではデータ・センターを通じて詳細な購買情報が常に更新されるため、顧客の嗜好が変化してもそれを把握することが可能となる。このため、会員へのマーケティングもより効果的に実施することができよう。
- このスキームをシステム化するうえでは、売り上げデータの収集方法や情報鮮度の確保をはじめ、クリアしなければならない課題が複数存在する。しかし、こうしたスキームが実現することで、決済ソリューション・ビジネスはマーケティング機能を併せ持つことが可能となり、裾野が広がることが期待される。
- 決済ソリューション会社は、個人の嗜好が端的に表現される購入時にデータを収集できるという、マーケティングには絶好の位置に存在する。この機会を捉えて、マーケティング・サービスを付加し自社の決済ソリューション・プロダクトの魅力を高めることができれば、他社プロダクトとの差別化が可能となる。こうした差別化が、決済ソリューション会社の成長戦略の一つになると判断される。