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Business & Economic Review 2006年05月号

【STUDIES】
企業のリスクファイナンスへの取り組みと金融機関のビジネスチャンス

2006年04月25日 調査部 金融ビジネス調査グループ 主任研究員 野村敦子


要約

  1. リスクとは、「損失発生の可能性あるいは事故発生の可能性」をいう。企業が直面するリスクは、地震や台風などの自然災害リスク、製品・サービスや環境、労務などに関連する経営リスク、金利や為替変動、法制変更など政治・社会・経済に関連するリスクなど多岐にわたる。さらに、近年の①企業活動のグローバル化の進展、②情報通信技術の発展、③企業の社会的責任の増大、④危機管理に対する社会的要請など、企業を取り巻く環境変化により、リスクは一段と多様化・複雑化している。リスクへの対応いかんによっては、経営に重大な影響を与える可能性もある。

    もっとも、リスクはビジネスチャンスと表裏一体の関係にあり、企業がさらなる成長を展望するうえで、リスクは避けて通れないものでもある。このため、企業はリスクの存在と影響を的確に把握し、リスクが顕在化した場合にも適切に対応可能な体制を整備することが求められている。

  2. 企業のリスクへの対応策は、リスクが顕在化する前の対策である「リスクコントロール」と、リスクが顕在化した場合の損失に対応するための資金的な手当である「リスクファイナンス」の二つに大別することができる。リスクコントロールはさらに、a.リスクの回避とb.リスクの軽減(最適化)に、リスクファイナンスは、c.リスクの移転とd.リスクの保有に分類することができる。このうち、金融サービスとしてのリスクファイナンスはc.である。代表的なリスクファイナンス手法としては、保険、デリバティブ、証券化などをあげることができる。

  3. 近年、企業が抱えるリスクは一段と多様化・複雑化しており、従来のリスクファイナンス手法だけでは十分に対応できないケースも生じている。一方、規制緩和や金融技術の高度化、ならびに保険業界・金融業界それぞれを取り巻く環境の変化に伴い、保険と金融の融合が進展している。こうした状況下、従来の保険商品とは異なる新たなリスクファイナンス手法も登場している。ART(AlternativeRiskTransfer:代替的リスク移転)と呼ばれる手法がその一つである。ARTは、a.新しいリスクを対象とする、b.新しい手法で対応している、c.新しいリスクの引受先が存在する、という点で、従来のリスクファイナンス手法と区別される。具体的には、キャプティブ、ファイナイト保険、保険デリバティブ、保険リンク証券などがある。また、緊急時の資金調達手法としてのコンティンジェントキャピタルや、従来の保険とは異なる新たなリスクに対応する新種保険、リースファイナンス、ノンリコースローンなども、新しいリスクファイナンス手法として位置付けることができる。

  4. ARTなどの新しいリスクファイナンス手法は、先進的な企業において導入されている事例もあるが、天候デリバティブなど一部を除き、わが国の企業で広く活用されるに至っていない。その理由として、a.わが国の多くの企業にはリスクマネジメントの概念が浸透していないこと、b.税制や業法等の制度的な問題があり、新しいリスクファイナンス手法を積極的に活用できるような環境にないこと、c.わが国のリスクファイナンス市場は現段階でそれほど大きなものではないため、金融機関においても統合的に取り扱う専門部署を設置しているわけではないこと、などをあげることができる。

    しかし、わが国は自然災害リスクの発生確率が高いことや、企業の社会的責任の増大に伴い、企業が抱える潜在的なリスクが増大していることなどから、リスクファイナンスやリスクコントロールに対するニーズは高いものと考えられる。

  5. こうした潜在的なニーズを掘り起こしていくためには、まずは企業のリスクマネジメントに対する意識の醸成が不可欠である。企業の間でリスクマネジメントへの取り組みが進み、リスクとそれにかかるコストの適切な管理が実践されれば、幅広いリスクファイナンス手法の導入へとつながることになろう。そこで大手損害保険会社各社は、新しいビジネス分野として、リスクマネジメントやリスクコンサルティングを専門とする子会社を設立している。また、企業がリスクマネジメントに取り組むに当たって、まずはリスクを洗い出して、定量的に把握することが不可欠である。そこで、リスクや資産などを適正に評価する評価ビジネスが注目されている。こうしたリスク評価ビジネスは、M&A等にも活用可能であり、応用範囲の広いビジネスということができる。

  6. リスク関連ビジネスへの需要が高まるに伴い、企業間連携の動きも一段と加速することになるとみられる。高度な金融技術を駆使した新しい金融サービス・商品の開発、ならびに巨大化するリスクの分散のためには、企業間連携が不可欠であるからである。この企業間連携の動きは、さらに二つの流れへと発展していくものと予想される。一つは、金融機関間におけるリスクファイナンス商品の製造と販売を分担する動きである。保険会社が引き受ける天候デリバティブの地域金融機関における販売は、この嚆矢といえよう。もう一つは、これとは逆に、金融商品・サービスの製造、販売、評価、コンサルティングなど各種機能を持つ複数の金融機関の統合の動きである。ただし、わが国の場合には業態規制の影響もあって、永らく保険、証券、金融は別々の業態として経営が行われてきたことから、近い将来においては金融コングロマリットなどの動きが進展するというよりもむしろ、金融機関および異業種事業者も交えた戦略的提携(アライアンス)が進む可能性が高いといえよう。
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