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Business & Economic Review 2007年04月号

【STUDIES】
労働分配率の“適正水準”と新しい成果配分の在り方

2007年03月25日 調査部 マクロ経済研究センター 所長 山田久


要約

  1. わが国経済は戦後最長の景気拡大を続けているものの、企業部門の好調さが家計部門になかなか波及してこない。その背景にある現象として挙げられているのが「労働分配率の低下」であり、2007年「春闘」でも、労働に対する成果配分の在り方が争点となった。

  2. 労働分配率はバブル崩壊後大きく上昇したものの、2000年代に入って低下。2001~2003年度にかけて人件費削減スタンスが強化され、付加価値の減少ペースを上回って人件費が減らされた結果、足元の労働分配率は“適正水準”並みか若干これを下回る状況に。

  3. 2000年代に入って労働分配率の水準が低下した要因を分析すると、かつてない幅で人件費が押し下げファクターとして作用していることが注目される。とりわけ、2002~2003年度においては人件費が大きく削減されたことで、目立った付加価値の回復のない状況下で労働分配率の低下が示現されている。人件費の大幅低減は賃金の大幅削減が主因となっており、2004年度以降も賃金の抑制傾向が続いている。

  4. 賃金伸び悩みの基本的背景には「グローバル規模での競争激化」があり、このためそもそも労働分配率は中期的な低下トレンドを持つ。1970~80年代に賃金水準の適正化に寄与してきた「春闘」の形骸化が、分配率がトレンド対比さらに下振れしやすい状況を生み出している。

    90年代に入り、「非正社員比率の上昇」がまずは春闘の形骸化を押し進めることとなった。すなわち、90年代前半には定昇・ベアが実施されていたが、それによる人件費増加=労働分配率押し上げ圧力を減殺すべく、非正規雇用比率の引き上げが図られた。さらに、「ベア統一要求」が見送られるなか、2001~02年にかけてマクロベースの平均でみた一般労働者の所定内給与がマイナスを記録。この背景には、「定昇」廃止や昇給幅圧縮のほか、文字通り賃下げに踏み切った企業があったことが指摘できるが、昇進者数を絞ったことの影響も無視できない。

    2004年度に入ると、経済成長率の回復を背景に賃金引き下げ圧力が一巡するなか、「基本給は据え置き、賞与・ボーナスで還元」という成果配分の在り方が広がる。こうして成果配分における賞与の比重が高まったが、それは賃金の柔軟性を高めた点では前向きに評価できる一方、労働分配率に対しては下方バイアスが掛かりやすくなった。

  5. 企業間で業績格差が拡大するなか、横並び一律の賃上げにより労働分配率の引き上げを目指すというのは説得力を欠く。一方で、労働分配率が低過ぎる場合、それが抑制される分だけ企業にはゼロ・コストで調達した資金が増え、資本効率の低下に繋がりやすいという問題がある。

    さらに、行き過ぎた人件費抑制は供給サイドで「労働力の質」の低下という問題を引き起こす。昇進率抑制・昇給停止は働く意欲を奪い、能力開発への意欲にも水を差すことに。教育訓練費の削減も人材開発面にマイナス。

    加えて、人件費削減のために企業が非正規雇用シェアを引き上げた結果、25~34歳の若手層の多くが非正規雇用に就くことになった。この結果、将来日本を担う世代において十分な人材が育っていないという深刻な問題が生じている。

  6. アメリカの労働分配率はわが国に比べて安定的に推移してきたが、これは主に雇用調整を通じて実現されてきた。さらに近年では賃金の柔軟性も高まる方向にあり、雇用調整を通じて企業の事業ポートフォリオを柔軟に編成替えする一方、メリハリのある報酬設定により有能な人材の確保とやる気を引き出し、企業の好業績と賃金増加の好循環がみられている。

  7. 総じて過剰人件費問題が解消された今、国際競争力を維持すると同時に働き手の能力開発につながる「労働分配率の適正化・安定化」を実現するため、以下の3点を柱とする「新しい成果配分の在り方」を創出する必要。

    a. 賃金決定の仕組み…成果配分における賞与重視スタンスを維持する一方、行き過ぎた短期成果指向を修正。柔軟性を備えつつ賃金の持つ「育成」機能を考慮した「新しい成果主義」賃金制度を構築。具体策には、能力開発とインセンティブのための賃金表・昇進率の修正、ハイパフォーマーに対するインセンティブ給の大幅増額、人材開発システムの再建・強化等。

    b. 正規・非正規間の公正処遇…非正規も含めてすべての従業員を価値創造の主体として捉え、非正規への人材開発機会を提供するとともに、「同一価値労働同一賃金原則」に向かう必要。

    c. 職種別労働市場の整備…労働市場の整備により、経済全体での労働力の最適配分が行われやすくするとともに、職種別賃金相場が基本給改定に影響を及ぼす状況を作ることで、労働分配率が適正に決定される仕組みを整える。
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