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流行りのDXが何か違うと感じたら「プラクティス・ベースト」で考えてみては?

2021年09月28日 齊木大


 DX(デジタル・トランスフォーメーション)が各分野で進展している。昨年来の新型コロナウイルス感染症が生活や仕事の見直しを迫り、これまでデジタル技術の適用に消極的、あるいは極めて慎重だった領域でもその導入・活用が進んでいる。私が主領域としている在宅ケアの分野も同じだ。
 ただ、DXと呼ばれているものの中には、現状の業務フローを変えずにデジタル技術を活用したやり方に置き換えただけ、あるいは技術を起点にできそうなことを盛り込んだだけのものもある。読者の皆さんもユーザーの立場で見れば違和感を抱くことも多いのではないか。
 今の業務を変えなければ効率化の効果も小さいし、付加価値もない。一方、技術ありきでは何か今の業務の良さ、価値にフィットしない。何よりスタッフ(ヒト)の士気が下がるのは望まない。対人サービスならなおさらのことだ。

 こうしたモヤモヤ感の解決に「プラクティス・ベースト」を提案したい。プラクティス・ベーストは私の造語だが、「その仕事の価値を生む本質的に良い方法(グッド・プラクティス)を見定めたうえで、その方法に沿ってデジタル技術とヒトの営みが自然と混在するよう業務を組み立てるアプローチ」と捉えている。業務を組み立てる過程はデザイン志向と重複するが、肝はその前提となるプラクティスを見定めることだ。
 プラクティスとは、単なる日々の行為ではない。価値を生み出すうえで重要で繰り返し可能な実務的な工夫である。たまたまうまくいったやり方を表層的にそのまま繰り返すことではない。なぜ、どうしてそれがうまくいったのか、あるいは失敗したのか、分析のうえで、成功の再現あるいは失敗の予防のために出来る工夫でなければ意味がない。
 
 私が参画している内閣府SIP第2期高度マルチモーダル対話技術の研究プロジェクトは、まさにこのアプローチの好例だ。ここでは当社が厚生労働省老健事業で調査研究を進めている「適切なケアマネジメント手法」をベースにしている。
 この手法では、優れた実践を行うと評判のケアマネジャーが案件を担当する初めの段階に、仮説志向で情報収集・分析を効果的に進めていることに着目している。つまり、適切に仮説を持ち、その検証に必要な情報を収集することが、一定水準以上のケアマネジメントを繰り返し実践するポイントになる。
 本研究プロジェクトでは、要介護高齢者本人向けの面談で活用できるAI技術を研究開発している。状況に応じた把握すべき情報、聞き方、聞く段取りのプラクティスに基づくことで、高齢者にも受け入れやすく、かつケアマネジャーにとっても有益な情報を得られるとの見立てだ。
 実際これまでのPoC(Proof of Concept、概念実証)で、「出来れば対面で話したいけど、ケアマネジャーさんも忙しいからいつもとはいかない。けれど、こうやって機械越しにでも話しが出来て、それが伝わっていると安心できるのは良いよね」との高齢者の発言や、「この高齢者の方が、こんな風に考えていたことをこれだけ詳しく話してもらえたのは初めてだ」というケアマネジャーの発言も得られた。プラクティスを下敷きにしているからこそ高齢者とケアマネジャーの双方に価値が生まれた瞬間だ。

 ヒトが介在し、ヒトの専門性に仕事の質が大きく依存する領域、例えば専門対人サービス領域でのDXには、プラクティス・ベーストが有効に機能するのではないだろうか。グッド・プラクティスの分析難易度は高いが、専門性の大きい対人サービスこそ取り組み甲斐がある。研究プロジェクトは途上だが、技術とヒトの協調の実現に向けて、さらにプロジェクトを推進していきたい。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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