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JRIレビュー Vol.9, No.93

EUに見る地域主導のイノベーション・エコシステムの構築ースマート・スペシャリゼーション戦略の成果と課題

2021年08月18日 野村敦子


わが国をはじめ、世界各国・地域においてイノベーション・エコシステムの構築が成長戦略の重要な柱として位置付けられている。そうしたなかでも、EUが2010年代より取り組んでいる「スマート・スペシャリゼーション戦略(S3)」が注目されている。そのコンセプトは、地域の多様な関係者の参画のもと、その強み・弱みや資源を分析(スマート)したうえで優先的に取り組むべき分野を特定(スペシャリゼーション)し、資源の集中的・効率的な投入、さらには行政単位・分野等の境界を越えた相互連携を進め、イノベーションの創出を促進するというものである。2014〜2020年の結束政策(EUの地域政策)において、概念としてばかりでなく、加盟国・地域がEUから資金の助成を受けるための事前要件としても導入されている。

スマート・スペシャリゼーション戦略は、従来の産業クラスター等の政策の反省点を踏まえ策定されたものである。その主な特徴として、①単なる産業振興・産業集積ではなく知識基盤型経済の構築による地域経済・社会の構造改革を目的としていること、②イノベーションの範囲には、科学技術関連ばかりでなく、デザインやクリエイティブ、サービスといった分野、ビジネスモデル、社会的課題の解決なども含まれていること、③国のトップダウンによる政策決定ではなく、地域の多様なステークホルダーの関与による戦略策定・遂行を求めていること 、④地理的、組織的、分野的な境界を越えた連携を奨励していること、⑤特定の分野に固定化されないように不断の見直しを行い、変化に機敏に対応可能な体制の必要性を示していること、などが挙げられる。

スマート・スペシャリゼーション戦略では、地域が主体となって設計から実装まで取り組むための六つのステップが示されている。そのなかでもとくに重要な要素として、①方法論として「起業家的発見プロセス(EDP:Entrepreneurial Discovery Process)」によるボトムアップの取り組みを基本としていること、②従来の産学官連携(トリプル・ヘリックス)から地域のすべての関係者が参加する「クアドラプル・ヘリックス(産学官民連携)」への発展を重視していること、③モニタリングと評価、そのフィードバックにより計画の改善を重ねる循環モデルを志向していること、④支援体制として「S3プラットフォーム」が整備されていること、が指摘できる。

前期プログラム(2014〜2020年)は、概念の地域への実装、スタートアップや雇用の創出、地域・国際間連携などの観点から、一定の成果が見込まれている。もっとも、成長戦略「ヨーロッパ2020」で示された研究開発投資に関する目標は未達成であり、取り組みは道半ばといえる。また、①ガバナンス構造(一部の既存関係者による閉鎖的な組織や既得権益を守ろうとするなどの問題)、②戦略の策定・実装(対象が絞り切れていない、他の地域の模倣になっているなどの問題)、③モニタリング・評価(データの収集や分析能力・人材の不足など)に関して、とくに後進地域において課題が顕在化していることが指摘されている。

そこで、S3プラットフォームによるオンラインツールの開発・提供、戦略策定・実施の能力を有する人材の育成など、支援策の強化が図られている。このことに加え、次期プログラム(2021〜2027年)では、戦略の策定前に充足を求める事前要件から、実施期間中にもガバナンス構造やモニタリング・評価などについて継続的な対応を求める履行条件に改善が図られている。
スマート・スペシャリゼーション戦略は、EUの次期地域政策(結束政策)だけでなく、成長戦略やアフターコロナの復興計画においても、ヨーロッパのグリーン化・デジタル化を地域から推進・実装していく中核的な基盤として位置付けられている。

わが国でも、地域が独自の視点からイノベーションに取り組む事例が増加しているなか、新型コロナからの復興やグリーン化・デジタル化などの課題解決に向けて、地域社会のかかわり合いが一段と重要になっている。EUが同様の問題意識で10年近く取り組んできたスマート・スペシャリゼーション戦略の経験と教訓は、わが国の参考になろう。
とくにEUの取り組みでわが国に取り入れるべき視点は、①ボトムアップのガバナンス構造と活動を地域に定着させるための仕組みづくり、②モニタリングと評価、フィードバックによる政策のサイクルの実施・支援、③バリューチェーン構築を見据えた地域間の協力の推進、である。
また、わが国では、政権交代と同時に政策が大きく転換したり、重点分野が変更され、取り組みが途絶することが度々生じている。スマート・スペシャリゼーション戦略について何よりも見習うべきことは、イノベーションの特性を踏まえ長期的な視点での取り組みが志向されていることである。そして、EUや各国の社会課題解決を目指すミッション志向のイノベーション政策を具現化する手段として、地域イノベーションが位置付けられており、政策間の整合性・連動性が図られている点を参考とすべきである。
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