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リサーチ・レポート No.2021-012

デジタル投資の労働市場へのインパクトを再考する―瑞米日比較が示唆する成長・分配両立策―

2021年07月27日 山田久


2000 年以降のデジタル投資(ICT投資)を日米瑞で比較すると、絶対額では米国・スウェーデンで大きく伸び、日本で伸び悩んでいる。もっとも、GDPに対する割合ではわが国は必ずしも低くない。生産性との関りでは米・瑞でその向上に大きく寄与しているとみられる。わが国については、業務効率化やコスト削減の面でICT投資は少なくない貢献を果たす一方、付加価値創造・収益力強化の面では十分な効果を挙げていない。

デジタル化の雇用への影響については、数年前に懸念された「AIが雇用を奪う」という現象はマクロ的にはみられない。雇用の二極化への影響については、米国ではそれが鮮明にみられる一方、スウェーデンでは高賃金職種を増やすと同時に低賃金職種を減らすという理想的な形になっている。日本では緩やかな二極化が窺われるが、米国ほど明確なものではない。デジタル化がギグワーク(単発の請負仕事)を促すことは「フレクシブルな働き方を提供する」として前向きの評価がされる半面、「不安定でスキルの身につかない細切れ仕事を増やして雇用を空洞化させる」という批判もある。そうした二面性が鮮明に表れているのが米国である。一方、スウェーデンでは総じてそのボリュームはまだ大きくなく、米国ほどマイナス面が懸念されていない。

デジタル投資のインパクトとしては、賃金への影響も見逃せない。マクロ的にはデジタル技術の革新は資本ストックの生産性を高めることで、労働分配率の押し下げに影響することが想定され、実際、米国では分配率が2000 年代に入って低下傾向を辿っている。一方、スウェーデンや日本ではデジタル革命が労働への分配を一方的に減らす方向に作用していることは確認されない。主な産業別の賃金(産業平均に対する相対比)の動きをみると、米国では情報通信分野で明確な上昇傾向を辿る一方、製造業では一人当たりで低下し、介護分野では時間当たりで低下傾向にある。一方、スウェーデンでは、一人当たりでみて情報通信業の相対賃金はほぼ安定して推移する一方、介護福祉で上昇傾向がみられる。時間当たりでみると、情報通信業はやや上昇傾向にあるが、介護福祉ではほぼ横ばいで推移している。特筆すべきは産業別賃金水準の違いである。とりわけ介護福祉で米国は産業平均の5~6割にとどまっているのに対し、スウェーデンでは8 割程度の水準を確保している。わが国についてみれば、情報通信業について緩やかに相対賃金水準が上昇する傾向がある一方、医療福祉の相対賃金の低下傾向が目立つ。

介護福祉分野の相対賃金水準についての3 カ国間の違いを生んでいる要因としては、ICT投資の違いが考えられる。とりわけスウェーデンでは、①昼夜の見守り(GPS アラーム)、②投薬備忘通知、③鍵管理、の分野でICT投資が積極的に行われている。さらに、中央政府および地方自治体の協議体が社会福祉分野へのデジタル技術の可能性についての共通ビジョンを有し、従業員教育を重視していることなどが、相対的な高賃金を支えている。

スウェーデンでデジタル化と平等分配が両立できている背景には、行政・職場・学校などのあらゆる分野でのデジタル化が進むもとで、国民のデジタル・リテラシーが高いことがある。同国政府のデジタル政策(当初はIT政策)への取り組みは1990 年代に開始されるが、90 年代末に企業がパソコンを購入して従業員に払い下げた場合減税を受けられる仕組みが導入され、家計のPC普及率が一気に高まった。国民がパソコンに慣れ親しむ環境を政府主導で進めたことが、国全体のITリテラシーを底上げし、その後のデジタル先進国としての躍進を支えたといえる。さらにスウェーデンでデジタル化と平等分配が両立できている背景として見逃せないのは、労働組合のデジタル技術に対するスタンスである。スウェーデンを含む北欧諸国の労働組合は新技術の導入に対して前向きで、デジタリゼーションに対してリスクよりも機会だと考える割合が高い。

コロナ禍への対応により、わが国のデジタル「後進国」の深刻さが白日の下に晒されたが、その危機感をバネに、今後、スウェーデンの経験などを参考に遅れを取り戻すことが必要である。その鍵は、①政府のリーダーシップと信頼性の向上、②全国民のデジタル・リテラシー向上に向けた各機関・組織での取り組み、③ギグワークの健全な発展に向けたステークホルダー間の協力、④医療・介護分野における集中的な取り組み、である。


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