オピニオン
住民の行動変容がカギとなるゼロカーボン
2021年07月27日 瀧口信一郎
先日、2050年脱炭素社会実現を目指すカーボンシティを宣言した自治体の担当者に連絡をとる用件があった。すると、在宅勤務中との回答が返ってきた。行政機関でコロナ感染が発生し、在宅勤務をしている事例を耳にしていたこともあり、日常的な業務対応で出勤を止めにくいだけに、行政機関で感染が拡がってきたのではないかと心配した。率直に、「感染対策ですか?」と尋ねたところ、「在宅勤務はゼロカーボンのためです」との答えに驚いた。実際、この自治体の地球温暖化対策実行計画を見ると、移動に伴うCO2排出削減の一環として在宅勤務を住民に広げることがうたわれている。マイカー利用削減の意図は分かるが、公共交通機関が通常通り動いている中で、どこまで削減につながるのか、といった疑問も浮かぶ一方、一人一人の行動様式に踏み込むのは重要な視点だと感心させられた。
日本でのゼロカーボン実現には住民の行動変容が不可欠である。需要側の再生可能エネルギーの導入拡大が必須であり、そのためには住民との接点が鍵となるからだ。欧州の浅瀬での洋上風力発電所や中東の砂漠での太陽光発電所のような大規模施設は、日本では望めない。原子力発電所並みの規模で低コストの巨大再生可能エネルギー発電所の実現は困難だということだ。そのうえで、大規模施設を起点とする「送電」という電気の運搬プロセスにコストをかけないようするのであれば、隣近所から配電して貰えれば済むような再生可能エネルギー導入を需要者側に期待するところが大きい。日本の住宅用太陽光発電のポテンシャルは設備容量2億978万kW、発電量2,547億kWh(1)に上るとされる。これを全て隣近所で融通できれば、2020年度の電気事業者の全販売電力量8,638億kWh(2)の約30%に当たる。ゼロカーボンに向けては、今よりもさらに、住民の日々の暮らしに再生可能エネルギーを溶け込ませることができるかが焦点となる。
需要側で太陽光発電を爆発的に増やすには、昼間に発電した電力を貯めて夜に利用する蓄電システムが必要だが、現時点では蓄電池のコストが高すぎる。そのため自動車と蓄電池を共有することが考えられている。具体化の方法は2つある。1つ目は、自動車で一定期間使った蓄電池を一切誤作動が許されない自動車用から住宅用に転換(リユース)する方法、2つ目は、稼働していない時間帯の自家用車を蓄電池として使う方法だ。
日本総研は、2022年4月からスタートする配電事業制度を活用し、地域に太陽光発電導入を拡大し、稼働していない時間帯のEV(電気自動車)を活用して昼と夜の発電差を調整する仕組みの実現を目指している。配電事業を活用することで、500~1000戸程度の住宅街区で効率的な仕組みを実現できる。このため、2021年1月に新たな配電事業のビジネスモデルを検討し、まだ確定していない制度設計へ政策提言を行う研究会を立ち上げた(3)。この活動は、太陽光発電を積極的に購入したり、EVを電力の調整用に使わせてくれる住民の行動変容と一体となって初めて効果を発揮する。
しかし、住民に「ゼロカーボンだから協力して欲しい」だけでは事は進まない。脱炭素自体は住民の暮らしを改善するという実感を生みにくいからである。そこで、住民へのメリット創出を、①脱炭素の活動を原資に再生可能エネルギーを増やす、②交通と社会インフラ(ここでは充放電器)を共有しインフラコストを抑制する仕組みを作る、③EVの地域活用を促進し、EVが災害時の移動や電力供給に有益である環境を作る、というように段階的に進めることを構想している。これら仕組みを通じて、住民にとって交通の利便性と災害対応力の向上というメリットを創出し、住民から積極的な協力を受けられることを研究会は目指している。
2021年度の研究会フェーズ2では、住民との協力関係構築をテーマに検討を行い、実際に住民代表との対話を行う予定である。新たな仕組みの構築に向け、1つの方法論を確立できるよう努力していきたい。
(1)環境省「わが国の再生可能エネルギーの導入ポテンシャル」2020年3月
(2)資源エネルギー庁「電力調査統計」2021年7月
(3)日本総研「地域企業連携による「新しい配電事業」促進のための政策提言」2021年4月
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。