コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

ビューポイント No.2021-004

2050年カーボン・ニュートラル実現のシナリオー経済社会モデル転換に向けたトランジションで求められるもの

2021年06月02日 山田久


 菅首相は昨年10月、2050年カーボン・ニュートラルの実現を目指すことを宣言し、本年5月26日には改正地球温暖化対策推進法が成立した。この背景には、欧州は言うに及ばず中国や米国も含め、世界情勢が一気に気候変動への対応の積極化に動いたという事情がある。
 わが国が2050年カーボン・ニュートラル実現に取り組む意義は、世界の潮流に乗り遅れないためという、受動的・防衛的な面にあるのではない。長年先送りされてきた日本経済社会の体質転換のための強い推進力になるという、積極的で能動的な意味合いにこそ意義がある。この点で、1990年代以降のわが国経済の長期停滞の根因である、低収益・デフレ体質を転換させるトリガーになりうるという観点が重要である。具体的には、量の経済・経営から質の経済・経営へのシフトに向けて、「大量生産・大量消費/低価格・低コスト」モデルから「適量生産・適量消費/適正価格・適正コスト」モデルへと、社会・経済の在り方を大きく転換することが求められている。それはまさに、エネルギー大量消費経済からエネルギー適量消費経済への移行を意味し、CO2排出量の削減につながるエネルギー消費の減少をもたらす。
2050年カーボン・ニュートラルに向けた国を挙げての取り組みを、社会経済モデル転換の強力なトリガーとするには、それが人々の生活に不便を強いるのではなく、むしろ生活水準を大きく引き上げる効果を持つという認識を、国全体で共有することが必要である。この点は、OECD諸国の過去約20年間の炭素生産性(GDP/CO2排出量)上昇率と労働生産性上昇率水準の関係をみたとき、両者には正の相関が確認できることが示唆している。
2050年カーボン・ニュートラルの必要性や意義が共有できたとして、重要なのはそれを具体的にどういった形で実現するかである。少なくとも目標としては、バックキャスティングの発想を採用した、化石燃料依存脱却とエネルギー需要構造転換を同時実現するシナリオを目指すべきである。その意味では、政府が2030年度に13年度対比46%減のCO2削減目標を決定したことは意欲的といえる。もっとも、その前提となるグリーン成長戦略の具体論は、現状、エネルギー供給構造の在り方と自動車や鉄鋼などCO2多消費関連産業の技術革新の面にほぼ限定されているのが実情である。これを全ての産業部門・国民の生活様式まで含めた全国民経済的議論に広げていく必要がある。
エネルギー関連産業の構造転換のみならず、エネルギーを消費する人々の生活様式が変わり、産業全般が大きく変われば、その過程では縮小する事業・産業が多く生まれ、倒産や事業所の閉鎖が増え、そこで余剰となった労働力をはじめとする生産要素を成長産業へ移転する必要がある。これをいかにスムーズに進めるかが実現に向けた最も重要なポイントとなるが、実は日本は石油危機への対応という、類似の困難を成し遂げてきた経験がある。当時、主要先進国に比べれば混乱を短期に収束させ、欧米各国が苦しんだスタグフレーションに陥るのを回避できたのは、産業構造の転換がスピーディーに行われたからに他ならない。
脱炭素化を実現するための政策手法へのインプリケーションとしては、石油危機時の産業構造転換のトリガーとなったのは原油価格をはじめとする原材料コストの大幅な上昇であった点が重要である。原材料コストの急激な上昇のもとで、わが国のエネルギー効率は大きく上昇している。それは価格メカニズムの持つ構造転換効果によるものといえ、カーボンプライシングという価格メカニズムを利用した手法の有効性を物語る。
もう一つ、政策的インプリケーションとして当時の経験で見落としてはならないのは、産業構造転換成功のカギに労働市場の柔軟性があったことである。当時、日本の労働組合は欧米の組合のように高い賃上げを要求せず、事業構造転換に積極的に協力する一方、企業は在籍出向制度も活用しつつ、雇用を維持しながら従業員の積極的な配置転換で求められる労働力移動を実現した。政策的にも、雇用調整助成金制度(当初は雇用調整給付金制度)が創出され、失業率の大幅上昇回避によって社会への打撃を抑えつつ、結果として日本型の失業なき労働力移動を支え、職業訓練法の改正で、より事業主のニーズに合った職業訓練が行われる仕組みが整備された。
 上記の経験を踏まえれば、①カーボンプライシングへの積極的な取り組み、②新技術開発・事業構造転換へのインセンティブの仕組み整備、③労働市場の柔軟性の向上、の3つの面で、政府が精力的な環境整備を進めることが求められる。


(全文は上部の「PDFダウンロード」ボタンからご覧いただけます)
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ