オピニオン
高齢期の意思決定を支援するための情報技術を活用した接点構築に関する調査研究事業
2021年04月09日 岡元真希子 、沢村香苗
*本事業は、令和2年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業として実施したものです。1.事業の目的 本調査研究事業の目的は、高齢期の意思決定の支援における情報技術の活用方法の検討ならびに関連する論点を洗い出すこと、ならびに、本人自身による意思表示が難しくなる前の段階からの予防的な対策を行うための本人の関与の促進手法について明らかにすることとした。これにより、心身の機能低下などに伴って高齢期に発生する意思決定をできるだけ長く本人自身の力で行いながら、必要に応じて周囲の人による支援を受けやすくし、死後に至るまでQOLを高く保つことを目指している。2.事業の主な内容 (1)高齢期の意思決定の支援における情報技術の活用方法の検討・論点整理 意思決定の支援における情報技術の活用方法の検討・論点整理にあたって、総務省「地方公共団体におけるデータ利活用ブック」を検討の枠組みとして設定し、高齢期に直面する意思決定の場面のユースケースに照らして、情報という切り口から、誰がどのような役割を果たして課題を解決しているのかを整理した。さらにエンディングノートや成年後見制度・終活登録事業の項目などを参考に、意思決定にあたって必要となるデータ項目の構成案を作成した。そのデータをより使いやすいものとするため、またデータ項目が現場で本当に必要とされているものであることを確認するため、医療の臨床現場や、身元保証等高齢者サポート事業者、任意後見・法人後見の従事者、自治体などの現場有識者に対してインタビュー調査を行った。さらに、データの利活用にあたっての技術的・制度的・社会的な留意点を把握するため、技術者や学識経験者に対してインタビューを実施した。 また、意思決定支援に関する既存制度および法令・ガイドライン等の整理ならびに意思決定支援に利用可能な情報技術や既存サービスに関する調査を行った。(2)予防的な対策を行うための高齢者本人の関与の促進手法の検討 予防的な対策を行うための高齢者本人の関与の促進手法の検討の前提として、判断能力がある高齢者がどのような情報接点を持ち、どのような不安・課題を抱えているかを把握するため、①グループインタビュー ②住民意識調査 ③インターネット調査を実施した。① グループインタビュー 令和2年7月から11月にかけて、70歳以上を対象とした3人1班のグループインタビューを8班実施し、24人の高齢者から聞き取り調査を行った。調査にあたっては、わこう暮らしの生き活きサービスプラザ(株式会社ダスキン)ならびにNPO法人プラチナ・ギルドの会に、参加者のリクルーティングやオンラインインタビューの接続サポートの協力を得た。② 住民意識調査 単身世帯の高齢者の意識を把握するため、下記のとおり住民意識調査を実施した。 調査方法:郵送による配布・回収 調査時期:2020年10月28日(水)発送~2020年11月20日(金)〆切 ※ 11月30日到着分まで集計 調査対象:70歳以上の単身世帯の和光市民 1000人 ※ 和光市長寿あんしん課の協力のもと、調査対象者を抽出した。 抽出方法:男性・女性各500人ずつ抽出した 有効回収数:451件 入力・集計:株式会社サーベイリサーチセンターに委託して実施した 調査内容: ・日常生活の様子・自立度 ・親族との関係・相談相手・近所づきあい ・公的サービスの認知度・利用経験 ・生活満足度・ITツールの利活用 ・被援助志向性尺度 ・高齢期・終末期の意思決定に関する不安 ・場面別の望ましい支援者・望ましくない支援者 ・エンディングノートを書いた経験 など③ インターネット調査 子どものいない一人暮らしの高齢者の意識、情報技術を活用した意思決定接点の構築に関する共感や抵抗感を把握するため、下記のとおりインターネット調査を実施した。 調査方法:インターネットアンケート 調査委託先:GMOリサーチ株式会社 調査時期:2021年2月26日(金)~2月28日(日) 調査対象:60歳以上、配偶者なし、独居者。男女・年代・子の有無別に割り付けた 調査内容:住民意識調査の項目に加え、情報技術を活用した意思決定接点の構築に関する共感や抵抗感3.調査研究事業の主要な成果 (1)情報技術の活用方法の検討・論点整理 高齢期の意思決定支援において必要となるデータとして、本人の基本情報(生年月日や住所、被保険者番号等)に加えて、家族・友人・ペット・支援者などの「つながり」の情報、経済状況に関する情報、心身機能の状態に関する情報、生前ならびに死後の意向、そして意向を確認できない場合に参照する価値観・死生観などの情報がある。価値観については本人の口から発せられた言葉だけでなく、日頃のお金の使い方に表れる金銭感覚、日課や持ち物など生活の様子を観察することによって分かる好みなどの非言語情報も有用である。死生観については、例えば心肺蘇生術をするかしないかといった部分的な二択ではなく、生活全体を捉えて、本人側のものがたり(ナラティブ)の文脈から積み上げていく必要がある。 これらのデータの入手にあたっては、既存の自治体保有情報などの公的なデータベース、金融機関や決済サービスのデータ、家計簿アプリや活動量計など民間のさまざまなアプリケーション・機器において蓄積されているデータが活用できる。一方で意向や価値観などの主観的な情報は本人が自ら登録することが望ましい。意向については特定の場面を想定した二者択一ではなく、その人の考え方を他の人が理解できるよう、ナラティブな情報が含まれていることが望ましい。そしてデータの利用にあたっては、技術的には難しい点はないが、複数のデータを統合して利用する際に必要となるID、本人同意、法整備が必要である。特に、技術面において安全性が高いことに加えて、社会的に安心であると受け止められることが肝心である。 データを活用して支援を実施するにあたっては、本人が生活上の課題や状況を認識できない場合に、本人が口にする言葉が本人の福祉に寄与するとは限らないため、支援者による見極めが必要である。また、ナラティブな情報、非言語情報を組み合わせていくこと、また一時点の情報ではなく、過去の情報も蓄積して判断材料とすることで、より的確な意思決定につながる可能性がある。一方で、例えば心肺蘇生不要指示(DNAR)のように具体的な場面におけるはっきりと言語化された本人の意思表示とは異なり、ナラティブな情報・非言語情報・時系列データから総合的に本人の意思を推定するという行為はたやすいものではないであろう。これについて、AI等の高度な情報技術を活用して支援を行うことも検討の余地がある。(2)高齢者本人の関与の促進手法の検討 本人と専門職等をつなぐ、意思決定の接点として期待できるような親しい親族がいない人が、70歳以上の一人暮らしの人の1.6%、特に男性では3.5%、未婚者では5.8%と高い。また、親族とのつながりが薄い人は、趣味などの友人、隣近所との付き合いも希薄であることから、本人のことを理解する「人」を見つけるのも難しい可能性が高い。 一方で、人とのつきあいが女性に比べて薄い男性の中でも、とりわけ大卒者は、スマートフォン等やSNSなどの活用の割合が高い。ただし、男性は女性に比べて、加齢により判断ができなくなったり、自分の意思が伝えられず意に沿わないケアを受けることになったりすることへの不安が低い点や、支援を受けることによる抵抗感は強いので、事前に情報を蓄積することの有用性を伝える際には伝え方に留意が必要であるといえる。 自分の価値観や考えを言葉にして書き留めたり、データとして蓄積したりすることについての抵抗感は少ないものの、自分自身で記録することは高齢者にとって負担が大きく、億劫で先送りしがちであるため、情報技術を活用してデータ蓄積の負担を軽減することは有効と考えられる。 蓄積したデータの活用にあたっては、特定の誰かが継続的に参照するよりも、必要となった場面で都度参照するほうが抵抗感が低いため、蓄積したデータの閲覧権限を付与したいと思える家族がいない場合に誰にどのような閲覧権限を付与するのかは工夫すべきである。(3)調査研究から得られた示唆と残された課題 高齢期にQOLを保つためには、自身の加齢による機能低下への対応だけでなく、家族の病気や逝去などの環境変化にも対処しつつ、新たな課題解決を次々と行うことが求められる。また、利用できるサービスの選択肢が増加している反面、選択の負荷は増えている。一方で、家族や地域からの助力は、意識的に求めない限りは得にくくなっている。意思決定支援については各種のガイドラインが整備されつつあり、様々な主体が支援を行っているが、支援を必要とする人が増加する一方で、支援者側の増加は見込めない。支援の効率化を図り、またできるだけ場面ごとに途切れない支援を実現するため、本調査研究事業では情報技術の活用に着目した。 本調査研究事業では、意思決定支援において必要な役割を人間による支援と情報の面からの支援に分解し、情報を中心とした仕組みを整理した。情報を中心とした支援の仕組みは、技術的には可能であり有用である可能性が高いが、社会的な受容性が十分でない場合は情報技術を活用するメリットが減少してしまうという課題が大きいことが明らかになった。 受容性の鍵を握るのは当事者である。アンケートやインタビューの結果からは、男性の未婚者を中心に、頼れる人もなく人づきあいが少ない人が存在することが明らかになった。特に高学歴者では、すでにスマートフォンやSNSへの親和性が高いため、優先的な対象として情報技術を活用した意思決定支援の仕組みへの導入を図ることが有効であると考えられる。導入に際しては、死や意思決定ができない状態に陥ることを想起させるようなコミュニケーションは有効ではなく、その人の価値観や望み、それまでの人生の記録を残すといったポジティブな提案から始める方が有効であり、より広い範囲の意思決定に活用できる情報が得られる可能性が高い。 一方で、残された課題として、特定の「キーパーソン」に頼らない仕組みの構築と、家族や専門職や外の支援者の創出という課題が挙げられる。これまでのキーパーソンは本人と専門職等の支援者を取り次ぐ接点として、本人に関する情報を取りまとめ、本人と周囲の調整を行うなどの役割を担ってきた。一度「キーパーソン」とされると、その後発生するすべての事柄について無制限の関与を求められ、過大な負担が生じやすい。このため「キーパーソン」を引き受けてくれる人を探すことは難しい。これまでのような「キーパーソン=家族の代表」という慣習の下では、キーパーソンの役割や関与の範囲をあらかじめ定義しないことが一般的であったが、このような慣習を見直し、関与する範囲を明確にして支援者を探索することにより、自分のできる範囲で支援をする人を本人の周りで複数見つける可能性が高まる。また情報技術の活用における大きなメリットは、地縁や血縁といった既存のつながりではなく、新たなつながりを創出できることである。身寄りのない人同士がSNSツールを利用して安否確認を兼ねたコミュニケーションをとるという新しいつながり構築の例もある。本人を支える「人の束」をいくつも創出し、あるときには支援を受け、あるときには支援を提供する側に回れるようなコミュニティが形成されることは、例えば加齢や病気や子育てなどで誰かの手助けを必要とする人にとっても、そうでない人にとっても、より暮らしやすい社会につながるものであり、すべての人に共通する生活の基盤として整備を推進していくべきであるといえる。 ※詳細につきましては、下記の報告書本文をご参照ください。高齢期の意思決定を支援するための情報技術を活用した接点構築に関する調査研究事業 報告書(PDF:3089KB) 本件に関するお問い合わせ 調査部 副主任研究員 岡元真希子 創発戦略センター スペシャリスト 沢村香苗 TEL: 080-2406-1838 E-mail: okamoto.makiko@jri.co.jp sawamura.kanae@jri.co.jp
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