新型コロナウイルス感染拡大は我々の生活を大きく変え、10年先の未来を目の前に運んできました。また、企業経営における価値観も変わりました。日本の名だたる経営者は「人が幸せになる」経営を訴え、持続可能な成長を模索しています。その結果、少しずつですが、新たな産業や新たな事業の芽が出てきています。そこで、「ニューノーマルエコノミー」シリーズと称して、各業界の第一線で活躍している方々に、ポストコロナ時代に向けた新たなビジネスについてお話を伺うこととしました。
第2回は、飲食業界の革命を目指すリディッシュ代表取締役の松隈さんに、「コロナ禍における飲食店の動向と今後」を伺いました。松隈さんは監査法人を経てスパークス投資顧問(現 スパークスグループ)にて数千億のファンド運用を経験し、2010 年スクウェアキャピタル株式会社を創業、2015年に「飲食経営を豊かに」という思いからフードテックベンチャーのリディッシュ株式会社を創業しています。
(大森)
コロナ禍で最も大きな影響を受けたのが飲食業界だと思いますが、松隈さんはこの状況をどう見ていましたか。
(松隈)
コロナ禍によって変わった消費者行動が飲食業界に様々な影響を及ぼしました。代表的なものを挙げると、外出自粛による需要の減少、インバウンド需要の消滅、リモートワーク拡大によるオフィス周辺需要の減退、会食禁止による高価格需要の減少が挙げられます。それにより、多くの飲食店において大きなマイナスの影響があったと言えますが、業態やコロナ禍対応の精度によって影響の程度にかなり差が出ているというのが私の印象です。
(大森)
そうですね。日本総研で調べたのですが、95%の飲食店において2020年の店舗の売り上げが2019年よりも減少していることが分かりました。全産業の中で最も大きな影響を受けたのが飲食業界だったと言えそうですね。
(松隈)
そうだと思います。
(大森)
このような状況の中で、売り上げを伸ばす、または、維持できているような飲食店にはどのような特徴がありますか。
(松隈)
業態によって影響の程度が異なるので一概には言えませんが、非接触や換気、ソーシャルディスタンスの確保等といったコロナ対策の徹底が前提条件にあると思います。その上で、テイクアウト需要が生まれやすい、マクドナルドに代表されるファーストフードは影響が軽微で、前年度を上回る売り上げを出している企業もあります。一方、居酒屋やディナーレストランは総じてマイナスの影響を受けていますが、その中でも売り上げを維持できているところ、伸ばしているところは存在します。そういった店舗の特徴としては、以下の3点があると思います。
まず、「1.売り上げの多様化」については店内飲食のイートインだけでなく、デリバリーやテイクアウトといった取り組みを増やすことを意味します。また、最近ではテイクアウト商品のみならず、Tシャツやその他物販を電子商取引(EC)に工夫して取り入れる店舗も増えてきており、このような店舗が売り上げを維持または向上できている印象です。
(大森)
最近ではBASEやSTORES、Shopifyといった手軽にECを始められるサービスがあるのも影響していますね。
(松隈)
はい、そうだと思います。また、「2.顧客の囲い込み」に関しては、日頃からSNSを通して顧客とつながり、顧客がファンになっている状態の飲食店は、売り上げの回復も早く、コロナ禍においても選ばれることを証明した形となったと思います。
(大森)
確かに、「緊急事態宣言明けはあそこのお店に行こう」という指名買いのような行動をとっている気がします。コロナ禍以前はあまり考えずに評価サイトの点数で選ぶなど、こだわりを持って選んでなかったかもしれないですね。今は1回あたりの外食の貴重性が増したため、慎重に選んでいる気がします。
(松隈)
そうですね。「せっかく行くなら少し遠くても好きなあのお店に行こう」という顧客が増えた印象です。そして、「3.新たなチャレンジ」に関しては何が正解ということではないですが、お客様の目を引くような前向きな対応をしている店舗が成果を出し始めていると思います。このような店舗はコロナ禍対応を前向きに捉えている傾向が強く、顧客からもそうした姿勢を応援する反応が現れていると思います。特に、クラウドファンディングは「応援購入」とも呼ばれていますので、その象徴だと思っています。
(大森)
なるほど。私も東日本大震災の時に初めてクラウドファンディングを購入しましたが、有事の際に「応援購入」という形で支援するということは一般的になりそうですね。
(松隈)
そう思います。また、コロナ禍で飲食店が最も厳しいと感じたのは固定費だと思います。家賃交渉や坪数の少ない店舗への移転等、固定費負担を減らす取り組みが顕著な対応として見られました。象徴的だったのはゴーストレストランに代表される初期投資、固定費を下げたビジネスモデルが出始めたことと思います。
(大森)
ゴーストレストランとは何でしょうか。
(松隈)
実際の店舗を持たず、シェアキッチンなどで調理を行い、デリバリーを中心に営業するレストランです。ゴーストレストランは新しい飲食業の形の1つだと思います。
(大森)
確かにコロナ禍以前は、イートインをメインにした店舗が多かった気がしますが、コロナ禍はUber Eatsに代表されるデリバリーやモバイルオーダーによる注文が一般的になりました。ゴーストレストランは次世代飲食経営の1つの形だと思いますが、松隈さんは次世代の飲食経営をどのように捉えていますか。
(松隈)
次世代に向けた飲食経営という観点では、コロナ禍は飲食業界が大きく変わるチャンスと言えると思います。従来の飲食経営は、アナログかつプロダクトアウトの発想が強く、立地と業態が店舗損益の全てを決めていたといっても過言ではありません。
これからの飲食経営においては、「顧客をファン化するマーケティング」と「店舗損益を最適化するデータドリブン経営」の実現が重要になると思います。というのも、個人で営む飲食店の多くは店長が料理長を兼ねています。その結果、料理は得意だけれどもマーケティングができない、数値管理ができない、というのが飲食経営の課題だと思っています。要は、料理長が料理に専念し、料理以外はデータドリブンで経営できることが飲食経営を豊かにすることにつながると思っています。
(大森)
なるほど。「料理はおいしいけど顧客を獲得できていない」「来客予測ができていないから食材ロスが発生してしまう、アルバイトの人数を高めに設定してしまう」ということは良くありそうですね。
(松隈)
その通りです。だからこそ、顧客に選ばれるようなマーケティングと、デジタル技術を使った経営の見える化が重要だと思っています。
特に、デジタル技術を活用した経営の見える化の需要は今後ますます増えていくと思います。リディッシュでは顧客が行きたいと思う飲食店を実現する「メイクストーリー事業」と、データドリブンによる経営管理を可能とする「クロスポイント事業」の2つのサービスを展開していますが、「クロスポイント事業」は飲食店の会計・税務のデータを基軸に日時の店舗損益をスマートフォンで見えるように開発を進めています。また、データも一元管理ができているので、スマートフォンで重要な経営数値が見えるだけでなく、次に何をすればいいかのアクションまで明確にすることができます。
(大森)
飲食経営においてもDXの波が来ていますね。ただ、飲食店においてデジタル技術を使いこなすのは大変な気もします。
(松隈)
まさにそこが重要です。先端的な技術を駆使して高度なものを作っても、使われなくては意味がありません。我々のサービスは、ある意味使いこなす必要がないUI/UXを目指しており、可視化された情報を見た人が次に何をすればよいかを明示できるように設計・開発しています。そのため、飲食店が利益を上げるために不可欠なソリューションだと自負しています。
(大森)
なるほど。飲食店の皆さんに「デジタルリテラシーを身につけましょう」ではなく、「デジタルリテラシーがなくても使える」ものが必要ということですね。会計や税務の切り口からデータドリブンに飲食経営の店舗損益を改善するというのは、公認会計士で元ファンドマネジャーという経歴を持つ松隈さんならではのアプローチですね。次世代飲食経営のポイントは、データドリブンに最適化される店舗を目指すということだと思いますが、そのためにはIT投資が必要です。チェーン店を持つような一定規模の企業には投資体力があると思いますが、個店の多い飲食店におけるIT投資は難しい気がします。その点はいかがでしょうか。
(松隈)
大手なら、自前で自社に最適化されたシステムを作ることができますが、ご指摘のとおり、個店ではそれが難しいと思います。データドリブンに最適化された経営が理想形だとすると、そこに到達するためには資金面以外にも様々なハードルがあると思っています。そこで我々は現実的な解として、POS、予約台帳、受発注システムといった既存のシステムを連携させるレガシーインテグレーションといった発想をしています。ありものを組み合わせしてデータドリブンな経営を目指すというイメージです。
(大森)
確かに、食べログやホットペッパー、POS、キャッシュレスの決済端末等、今では当たり前となったそれぞれの仕組みを統合するレガシーインテグレーションという発想で行えば、データドリブン経営を実現するというのは個店でもできそうですね。以前、ビル・ゲイツがもっと大きなパンデミックが起きると予測していましたが、パンデミックに対する強靭性を上げる意味でもデータドリブンの店舗経営が必要というのは納得ですね。
(松隈)
そうです。レガシーインテグレーションでも良いのでデータを基軸とした経営基盤があれば、外部環境の変化に対応した費用の削減や売り上げの多様化がよりしやすくなってくると思っています。
(大森)
そうですね。例えば、来店経験のある顧客をECへ誘導するといったことがデータを基にできるようになると、売り上げ獲得手段をさらに多様化できそうですね。さて、対談もあっという間に終わりを迎えましたが、最後に飲食業界のニューノーマルエコノミーに挑戦しようとしている皆さんへメッセージをいただけますか。
(松隈)
飲食業界に従事されている皆さんはコロナ禍で大きなダメージを受け、いまも日々奮闘されていると思います。しかし、ピンチはチャンスです。ここで大きく変わることができれば、ポストコロナ時代における勝ち組になれると思います。いつの時代も顧客に真摯に向き合い、顧客満足を追求することが必要です。そのためには、顧客が何を求めているか、その顧客の体験価値を最大化するためには何が必要か、をデジタル技術を活用して理解し、チャレンジし続けることが重要です。リディッシュは飲食店の方々がデジタルリテラシーがなくてもポストコロナ時代に対応できるようなサービスを開発し、サポートをしていきたいと考えています。
今回はリディッシュ代表取締役の松隈さんにコロナ禍における飲食店の動向や次世代飲食経営についてお伺いしました。内容を要約すると、以下の3点になります。
飲食業界に関わる方々のポストコロナに向けた次世代経営のヒントになりました。松隈さん、ありがとうございました。
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