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アジア・マンスリー 2021年3月号

メイク・イン・インディアの新展開

2021年03月01日 熊谷章太郎


アジアのサプライチェーンの再編が進むなか、インド政府は硬軟両様の施策で新たな製造業振興策を展開している。しかし、その前途は多難とみられる。

■メイク・イン・インディアの現状
2014年9月以降、インドは「メイク・イン・インディア」をキャッチフレーズに、輸送機械、電子機器、製薬、食品、繊維などを含む25業種の産業振興策を展開している。ビジネス環境の改善に向けて足元までに、GST(財・サービス税)の導入を通じた税制簡素化、投資許認可などの行政手続きの簡素化、外資規制の緩和、破産・倒産法の整備、法人税引き下げなど、様々な経済改革を実行した。また、各州の事業環境評価レポートの公表などを通じてビジネス環境の改善に向けた州間の競争を促進した。これらの結果、世界銀行が作成するビジネス環境ランキングにおいて2020年に63位と2014年の142位から大きく上昇した。しかし、物流インフラの整備の遅れ、厳格な解雇規制、州間で異なる複雑な労働法制などが依然として製造業の活動の阻害要因となっているため、政府が期待するペースで製造業は成長していない。GDPに占める製造業のシェアはモディ政権下でむしろ低下しており、同比率を2025年度までに25%に引き上げるという目標の達成は困難な状況にある。

こうしたなか、インド政府は米中対立の深刻化やコロナ禍によるサプライチェーンの再編の動きを製造業振興のチャンスと捉え、「アメとムチ」を使い分けながら新たな製造業振興策を展開している。

まず、インセンティブについてみると、特に大きな注目を集めているのは、基準年からの売上の増加額に応じて一定の奨励金を給付する、PLIスキーム(Production-Linked Incentive Scheme、生産連動型優遇政策)である。当初、同政策は携帯電話や医療機器を対象に導入されたが、2020年11月に自動車、白物家電、再生可能エネルギー関連設備などにも対象が拡大され、政府は今後5年間で約2兆ルピーの予算を投じることを計画している。また、電子部品の生産に必要な設備投資に対して補助金を給付するSPECS(電子部品・半導体製造促進政策)や電子機器生産のエコシステムの形成につながるプロジェクトに対して補助金を給付するEMC2.0(電子機器製造クラスター計画)といった政策も打ち出した。

その一方、携帯電話の部品、液晶パネルの半製品、太陽光発電装置などに対する輸入関税の引き上げ、冷媒を用いたエアコン輸入の禁止、車両用タイヤの輸入に対する許可制の導入など、国内産業育成のため輸入に対する規制を強めている。

■新たなメイク・イン・インディアの落とし穴
政府はこのような取り組みを通じて、雇用の創出や貿易赤字の縮小を図ることを目指している。しかし、以下3点を踏まえると、補助金と保護主義の強化に依存する製造業振興策の成功は難しいと判断される。

第1に、財政赤字による資金不足である。政府はマクロ経済の安定性向上に向けて、中央政府財政赤字の対名目GDP比を2023年度にかけて約3%に縮小させることを目指していたが、コロナ禍による大幅な税収減少を受けて2020年度の財政赤字は大幅に拡大した。今後、政府は財政立て直しに向けて引き締めスタンスを強めると予想されるため、製造業振興に向けた補助金予算の一段の拡充は容易ではない。むしろ、補助金支出が現在の予算枠の上限に近づくなか、給付対象業種の絞り込みや付随条件の厳格化といった抑制的な運用が図られる可能性がある。

第2に、中間財の輸入規制や関税率の引き上げが、組み立て型輸出産業のインド進出を阻害する可能性がある。現在、ASEANは、中国との近接性やRCEP(包括的経済連携)協定への署名などを背景に、中国に代わる輸出拠点として注目を集めている。こうしたなか、インドの保護主義の強まりは、外国企業のASEAN志向をより強めることになる。また、国境問題をきっかけに対中関係が悪化するなか、インドは中国からの安価な中間財の供給が不安定化するリスクを抱えている。中国の世界向け輸出はインドの9倍の規模を有しており、中国からの生産移転が進めばインドの輸出拡大余地は大きいが、規制緩和の遅れや関税率の高さといった制度面が改善されなければ、インドへの生産移転は進まず、雇用創出や貿易赤字の縮小といった目標の達成も困難となろう。

第3に、複雑な労働法制や土地収用法の改革など、バードルの高い課題が残っている。労働法制については、政府は関連法を統合・簡素化した新法を近く施行することを予定しているが、改正労働関連法制の施行後も州独自の多くの規制が残る。土地収用制度については、大統領令の公布で一時的な法改正が行われた2015年以降、改革に向けた動きが停滞している。

インド国内への販売比率の高いスマートフォン製造では、過去数年で一定程度産業集積が進展したものの、同様の動きが他の産業にも広がるかどうかは慎重にみておく必要があるだろう。

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