新型コロナウイルス感染拡大は我々の生活を大きく変え、10年先の未来を目の前に運んできました。また、企業経営における価値観も変わりました。日本の名だたる経営者は「人が幸せになる」経営を訴え、持続可能な成長を模索しています。その結果、少しずつですが、新たな産業や新たな事業の芽が出てきています。そこで、「ニューノーマルエコノミー」シリーズと称して、各業界の第一線で活躍している方々に、ポストコロナ時代に向けた新たなビジネスについてお話を伺うこととしました。
初回は、日本のスタートアップ業界で活躍しているYazawa Ventures代表の矢澤さんに、「コロナ禍におけるスタートアップの動向」を伺いました。矢澤さんはニューヨーク州立大学を卒業後、米国シリコンバレーのVC(ベンチャーキャピタリスト)、サムライインキュベートを経て、Plug and Play JapanのCOOを務めるなど、国内外のスタートアップビジネスに長年携わっています。2019年に出産を機にPlug and Play Japanを離れたものの、「スタートアップへの投資を通じ、経済活動をより良いものにするメガベンチャーを輩出したい」という思いから、Yazawa Venturesという新たなファンドを組成しています。
(大森)
早速ですが、コロナ禍におけるスタートアップの動向についてお伺いさせてください。コロナ禍のスタートアップへの影響についてはどう思われていますか。
(矢澤)
昨年の春、新型コロナウイルスの感染拡大期は一時、スタートアップの調達活動は鈍化しましたが、その後は比較的大きな影響はないように感じています。もちろん旅行産業やハコモノビジネスなど、あおりを受ける業種業態もありますので一概には言えませんが、コロナ禍という厳しい状況であっても、魅力的な起業家は乗り越えている方が多い印象です。
(大森)
なるほど。確かに、コロナ以前に活躍していたメガベンチャーのAirbnbが大幅なレイオフをした一方、若者がUber Eatsのリュックを背負って自転車で駆け回るのが社会現象になっていたので、業種によって影響の大きさと善しあしは異なるのでしょうね。リーマンショックの時もそうだったと思いますが、このような大きくパラダイムが変わる局面では必ずといってよいほど、次世代のビジネスが生まれている印象です。矢澤さんはスタートアップ界隈の次世代の潮流をどう捉えていますか。
(矢澤)
そうですね、やはり今回のコロナの影響で多くの企業が業務のオンライン化を進めるようになるなど、企業におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)の意識は一層高まったと思います。よって、産業や組織の効率化を軸としたサービスを展開している、SaaS領域のスタートアップの事業規模が加速度的に伸びている印象です。日本企業のDXは発展途上と思っており、今後の成長余地はまだ十分にあると思っています。今回のコロナ禍により「変わらざるを得なくなった」企業が増え、それに伴い、人の働き方もまた大きく変わる局面にきています。コロナウイルス感染者拡大による在宅ワークの広がりや外出自粛によるステイホーム慣れにより、個々人の人生やライフスタイルが見直され、自分にとって大事なことに気付かれた方も多いのではないかなと思っています。そのようなライフスタイルの変化を商機としたサービスを生み出すスタートアップも今後はさらに増えてくると感じています。
(大森)
そうですね。私もずっと家にいて仕事三昧ですが、気晴らしに外に行くこともはばかられるので、家の中で気分転換ができるようなサービスが増えたりするのでしょうね。ところで、矢澤さんはコロナ禍においてYazawa Venturesを立ち上げていますよね。このようなパラダイムシフトの局面で立ち上げてしまうあたりが「矢澤さんらしい」と感心しましたが、どのような思いや経緯があったのですか。
(矢澤)
私は、日本の経済成長を牽引したいという思いでVCとして投資活動やオープンイノベーションに取り組んできましたが、改めて日本を俯瞰してみると、日本企業の事業成長における課題は、DXとDI(ダイバーシティ&インクルージョン)の2つに集約されると思います。これは言うまでもないですが、日本は少子高齢化で労働人口は減少し続けています。それにもかかわらず、日本は労働生産性が低い。となると企業が出来ることは、「少ない人手で効率的に生産性を上げる」ことに尽きます。これが企業にとってDXが必要な文脈と私は理解しています。また、生産性を上げるもう1つの手段としては、女性や外国人など「活躍の場を増やして生産性を上げる」ことも考えられ、これがDIの文脈と理解しています。
(大森)
DXとDIがこれからの企業に必要なキーワードということですね。
(矢澤)
そうです。企業はこれまで以上に多種多様な人材に対するマネジメント力が求められるようになっています。また、DXが進めば進むほど、人には「人らしい仕事」が求められる側面もあり、副業解禁の流れも相まって、幅広い働き方に対応していけるような組織運営能力を企業として身に付けていくことが求められます。グローバルに見れば、ダイバーシティ経営を実践している企業が、そうでない企業に比べて時価総額が高いというデータも出ていることもあり、欧米ではDI領域への資金流入が激しいです。
(大森)
私も「知」のダイバーシティを追求している企業の業績に有益な相関があったというのを、ハーバードビジネスレビュー(HBR)で見ましたね。
(矢澤)
はい、DIに取り組むことで企業価値が上がるということが重要です。ただし、そういった事実が日本の企業の間で知られていないというのも問題だと思っています。そして、知らないからこそDIに対する優先順位が下がり、着手にまで至っていない、至ったとしても何をしていいのか分からないという企業が多いと思っています。そこを大きく変えたいと私は思い、Yazawa Venturesを立ち上げました。日本において女性活躍が声高に言われますが、VCにおいても女性のキャピタリストは少ないです。まして、経営権をもって動いている女性は数えるほどしかいません。昨今はVUCAといわれており、企業経営の強靭性を高める必要があると思っていますが、日本の産業を担うスタートアップを見つけて応援していく側のVC業界が、こんなに同質性が高くて良いのか、という大きな疑問もあり、そこに一石投じたいという思いもあって立ち上げました。実際大変ですけどね(笑)。でもだからこそ、やる意義は大きいと思っています。
(大森)
確かにそうですね。今の日本企業において、DXとDIは大きな課題ですね。また、企業を取り巻くステークホルダーも企業と同じように多様な価値観を持ち、責任を持って投資していくことも重要ですね。DXとDIはいずれも大きな変革を企業に求めることになると思いますが、現状の延長ではなかなか達成ができないものかなと思っています。特に、女性活躍推進を日本では政策として推進していますが、コロナ禍で家事や育児負担が増えることで女性活躍社会が遠のいている、といった記事も散見されます。こういった事態をブレイクスルーできるようになると良いですよね。
(矢澤)
そうですね。Yazawa Venturesでは、「働く」に関わるスタートアップを投資領域と捉えています。
(大森)
「働く」に関わるスタートアップというと、どのような領域になるのですか。
(矢澤)
はい、コロナ禍で人々の働き方が変わる転換点にあると思っているのですが、個人が楽しんで働き、経済価値が生まれることを支援するスタートアップの領域です。一番良いのは、働く個人が幸せで、最も生産性の高い働き方ができたらよいですよね。そういった働き方を追求する中で必要となるテクノロジーやサービスを開発しているスタートアップ群になります。具体的に言えば、個人がより良く働くことを下支えする領域である、ヘルスケアと教育の2つの領域を特に注視しています。
(大森)
なるほど。例えば、「大森はカフェでノマドワーカー的に仕事するのが、最も生産性が高いですよ」と教えてくれるアプリケーションとかですかね。
(矢澤)
そうです(笑)。ただ、個人の「働く」もそうですが、組織における「働く」を追求することが重要と思っています。組織能力の最大化にはDIが必要であり、まずは女性が活躍できる組織を作ることが最も重要です。そのため、Yazawa Venturesでは、優秀な女性起業家への投資や女性が働く際のボトルネックを解消するスタートアップへの投資に注力していきたいと思っています。優秀な女性起業家が実力に伴って、しっかりと成功できる環境作り、成功した女性起業家やシリアルアントレプレナーが増えていくことで日本のスタートアップ、ひいては日本の経済界の構造も大きく変わると思っています。加えて、Yazawa Venturesに出資いただいた企業に対しては、ダイバーシティ経営のエッセンスをしっかりとインストールしていくことでDIが実践できる企業に変革していきたいと思っています。
(大森)
そのやり方であれば、本当の意味で企業が「変革」できるかもしれないですね。SDGsへの貢献の文脈もそうですが、今後、企業がどれだけ変革できるかが持続可能な社会の実現にとって重要になってきますので、実効性の高い、本質的な企業変革が求められてくるのは間違いないですものね。さて、対談もあっという間に終わりを迎えましたが、最後にポストコロナであるニューノーマルエコノミーに挑戦しようとしているスタートアップや企業の皆さんへのメッセージをいただけますか。
(矢澤)
はい。今後は不透明な状況が続くことが予想されますが、だからこそ「必要だ」「やるべきだ」と思ったことに挑戦すべきと思っています。コロナ禍を言い訳にせず、直感で感じたことは決して間違いではなく、たとえ失敗したとしても今後の成長につながる大きな一歩です。
私はコロナ禍の状況で、生後6カ月の子供を抱えながらYazawa Venturesの組成準備をしていました。リリースするまでは不安もありましたし、まだまだ課題はたくさんありますが、挑戦すればどんな結果であっても絶対やってよかったと思えるはずです。
ニューノーマルエコノミーを共に創り、日本を、ひいては世界をより良く変えていきましょう。
今回はYazawaVentures代表の矢澤さんにコロナ禍におけるスタートアップの動向や新たな潮流、今の日本企業に不足しているダイバーシティ&インクルージョンの重要性についてお伺いしました。内容を要約すると、以下の3点になります。
①スタートアップの資金調達はコロナ禍で停滞も、ポストコロナを見据えた魅力的なビジネスへの資金流入は止まっていない
②次世代スタートアップは、コロナ禍で変わった消費者のライフスタイルの変化に着目
③日本企業の課題はDXとDIであり、今後はDI推進による企業価値向上が論点になる
ポストコロナに向けて新たな産業や事業を生み出そうとしている企業や、次世代に向けて変革されようとしている企業の方々のヒントになりました。矢澤さん、ありがとうございました。
関連リンク