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ビューポイント No.2020-025

2021年春季労使交渉の位置づけと課題-パンデミックが促す雇用・賃金構造の転換と春闘再建

2021年01月25日 山田久


コロナ禍が発生してからの雇用情勢の推移を振り返ると、当初の予想に反して失業率はさほど上昇していない。しかし、就業者数は2020年4月単月で劇的な減少を記録しており、非労働力化が失業率の上昇を抑えた。その後、製造業を中心に景気が持ち直したため、雇用情勢の悪化は一定レベルに抑えられたものの、昨秋以降の感染第3波の到来で、今後再び失業率が上昇していくことが懸念される。今回は、業種別の景況感の違いが大きく、人手不足状況にある業種も多く存在する。しかし、労働需給のミスマッチが発生するなか、景気が持ち直して求人が回復しても、失業率が下がりにくい可能性を示唆している。そうした状況で、需要の弱い分野で雇用調整が増えれば、失業率は高まっていくことになる。

賃金はリーマンショック以来の大幅減少になっており、不況時に必要となる人件費の削減を主に賃金調整で行うというわが国の特徴が踏襲されており、それが雇用情勢の悪化を一定レベルに抑えている。問題は、こうした「雇用を守って賃金を削る」というパターンが事業構造転換を遅らせ、生産性の低迷につながってきたことである。さらに生産性の低迷は賃金の増加を抑え、内需の伸び悩みをもたらして更なる生産性低迷につながるという悪循環をもたらしてきた。もっとも、2012年末に誕生した安倍政権の下では大胆な拡張的金融・財政政策を主軸とするアベノミクスにより外需主導の成長が実現し、いわゆる「官製春闘」が賃金下落に歯止めをかけるもと、生産性上昇率の高まりがみられた。

しかしながら、コロナ禍を経て、アベノミクス下でみられた成長パターンは持続困難な状況に陥っている。米中摩擦の激化でハイテク分野の貿易が抑制され、BCP(事業継続計画)の視点や有事の戦略物資確保の観点から生産の国内回帰を進める動きがみられる。さらに、パンデミックが終息してもしばらくは債務返済のための財政緊縮が各国の成長率を下押し、世界経済の成長スピードは鈍化して外需に多くを期待できなくなる。わが国は既に本格的な人口減少局面に入っており、外需に依存できないもとで内需を成長させるには、量より質の成長を追求せざるを得ない。アフター・コロナを見据えて企業が持続的な成長を実現するのは、「いいものを安く、賃金は抑える」という方式から、「高品質・適正価格・適正賃金」を追求する方式へと、経営スタイルの抜本転換が求められる。

こうした成長パターンの転換には、個別企業・個別労使の取り組みを超え、国全体の雇用・賃金システム改革の取り組みが必要となる。国際比較の観点からは、低失業(高雇用)・高賃金・低所得格差というバランスが取れているのは北部欧州型で、とりわけスウェーデンは、デジタル化・グリーン化といったポスト・コロナの潮流に先進的に取り組んでおり、その雇用・賃金システムの在り方には多くの学ぶべきところがある。わが国産業が目指すべき、「量より質の成長」「高品質・適正価格・適正賃金経営」を実現するポイントは、労働への適正分配を行いつつ、失業を回避しながらスキル転換・労働力移動をどれだけ円滑にできるかにかかっており、スウェーデンの仕組みが参考になる。もっとも、少なくとも当面は同国の仕組みをそのままわが国に導入することはできず、在職訓練・副業や在籍出向など、雇用契約は維持しつつ実質的な労働移動を進める日本型労働移動のスキームを積極活用することが検討されるべきである。

2021年春季労使交渉は、「官製春闘」をきっかけに生まれた賃上げのモメンタムを、ポスト・コロナ時代においても継続できるかどうかを占うものになる。ただし、それは単にベアを継続できるかということではなく、90年代終わりに既に機能不全に陥っていた従来方式を抜本的に見直して、新たな形で春闘を再構築する取り組みが行われるかどうかである。そのポイントは、①時代が要請する産業構造転換を促進する、個別企業の枠を超えた産業全体・社会全体での雇用安定化の仕組み(雇用シェアなど新たな手法を用いた、日本型の失業なき労働力移動の在り方)を整備するとともに、②新しい成果配分の在り方(成果主義と底上げを組み合わせた新型ベア)を創造すること、といえる。

雇用維持・賃金抑制の在り方にメスを入れ、雇用再配置・賃金上昇の仕組みへの転換を方向づけるには、単に欧米流の「ジョブ型」に転換すればよいという単純な話ではなく、高い「品質力」というわが国産業の比較優位性を維持・発展させつつ、わが国企業に欠ける「革新力」を高めるための、「就社型とジョブ型のハイブリッド」が目指される必要がある。その観点から、「革新力」強化のためには職務・成果型賃金の強化が必要な一方、「品質力」維持には「底上げ」も不可欠であり、革新力と品質力の両立を目指す「新型ベースアップ」を創出すべきといえる。もっとも、一気に新たな方式に転換するのは非現実的であり、年1回の春闘の慣例は堅持しつつ、賃上げ率は数年(例えば3年)単位で決める方式とするべきであろう。そのうえで、目標賃上げ率として「年平均1%・三年間で3%の上昇」などといったボトムラインを設定し、ボトムラインが達成できなければ次年にロールオーバーしていくというルールを設定するのがよいのではないか。これらを着実に進めるために、(産業横断的な全国レベルでの)様々な環境整備のための議論を、政府を巻き込んで行う必要があり、政労使会議の再開が望まれる。

・2021年春季労使交渉の位置づけと課題-パンデミックが促す雇用・賃金構造の転換と春闘再建(PDF:828KB)
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