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アジア・マンスリー 2020年12月号

アジア景気回復にばらつき、遅れる供給網再編

2020年11月27日 野木森稔


2020年に悪化したアジア経済は2021年以降回復に向かうも、ペースにばらつきが残るとみられる。ベトナム除くASEANとインドは出遅れ、本格回復にはサプライチェーン再編加速がカギとなろう。

アジア経済展望:ベトナムを除くASEANとインドは苦しい展開
アジア各国・地域の景気は、本年4~6月期にかけての急激な景気悪化の後、活動制限の緩和・解除を受けて底打ちし、コロナ禍での特需も寄与するなか、反発局面入りしている。

アジア各国・地域の新型コロナ感染状況とその対策は一様ではなく、中国や台湾など徹底的な封じ込めを目指す国もあれば、インドやフィリピンなど感染状況が安定化する前に活動制限を緩和する国もあった。現時点でも、感染状況に違いはあるが、ある国は活動制限の必要性がないと判断する一方、ある国は活動制限を維持するのは経済の観点から困難と判断し、結果的にアジア域内はほとんどでは緩和・解除の実施という共通した結論に至っている。また、新型コロナ禍による医療関連とIT関連の特需も続いている。前者は、マスク、医療用手袋、温度計等であり、主に中国での生産急増につながった。後者は、世界中で広がったテレワーク需要に対応するパソコンやサーバー、さらに半導体といったIT関連需要の増加であり、中国だけでなく、台湾、韓国、ベトナムなどの輸出を押し上げている。

総じて、アジア経済は回復方向に向かっている。しかし、そのペースにはばらつきがあり、特に、ベトナムを除くASEANとインドでは苦しい展開が続いている。7~9月期のGDP成長率(前年同期比)は、中国、台湾、ベトナムでプラスとなった一方、その他はマイナスとなり、フィリピンでは同▲11.5%と2四半期連続での2ケタマイナスとなった。インドも4~6月期の同▲23.9%から改善するものの、引き続き大きなマイナス成長になる見込みである。

10~12月期以降も下押し要因が残り、ベトナムを除くASEAN とインド経済の出遅れは続くだろう。まず、活動規制の後遺症である。インドネシア、フィリピンでは失業率が大きく上昇しており、直近はそれぞれ7.1%(8月)、10%(7月)と2019年平均(5.12%、5.05%)に対し大幅に高い水準となっている(右下図)。また、インドでは感染者数が引き続き増加することで一部地域を「封じ込めゾーン」として残すなど、部分的ながらも活動制限が下押しする国もある。

先進国の経済水準がコロナ前に戻り切っていないことを背景に、IT関連以外の需要が伸び悩んでいることも大きい。ベトナムを除くASEANおよびインドのIT関連財輸出のGDPに対する規模は台湾やベトナムよりも小さく、その恩恵を受け難いという事情もある。

これらに加え、社会情勢の不安定化も景気への重しとなる。タイでは裁判所が2月に野党「新未来党」に対し解党命令を出したことを発端としたデモ、インドネシアでは雇用創出オムニバス法(最低賃金、退職金、失業補償などの労働や投資といった11分野に関連する法律の改正)に対する労働組合の激しい抗議が続く。マレーシアではムヒディン首相に対する議会からの反発が強まり、議会運営が難しい状況になるなど、政治の混迷が続いている。

以上を踏まえると、①活動規制の後遺症、②医療・IT関連以外の外需低迷、さらに、③社会情勢の不安定化、により、回復ペースが上がらない状況は当面続く公算が大きい。ベトナムを除くASEANとインド経済の低迷を主因に、2020年はアジア経済全体で▲1.4%と、マイナス成長が見込まれる(右上表)。2021年はどの国も比較的高い成長率が見込まれるが、本年の落ち込みの反動に過ぎない。本年7~9月期時点で中国、台湾、ベトナムのGDPは既にコロナ前の水準を超えているが、その他の国のGDPがコロナ前の水準に戻るのは来年以降、なかでもインド、フィリピン、タイでは2022年ごろと、かなりの時間を要すると予想される。

ベトナムを除くASEANとインドでは、株価も低迷した。2008年のリーマン・ショック時には世界的な大規模金融緩和により過剰流動性が発生し、その資金は高成長が見込まれる新興国へ向かったが、今回は様相が異なる。2009年以降の局面では、先進国よりもアジアを含む新興国の株価指数が早く底打ちし、その後に急速に上昇したが、今回はIT・医療関連の企業が好調な中国、韓国、台湾の株価は持ち直しているが、インドネシアやタイでは低迷が続いている。つまり、同じ流動性相場でも、2009年は資金流入先が新興国だったが、今回はIT・医療関連といった先端分野向けて選別的に資金が流れ込んでいる。先端分野の成長が遅れるASEANやインドなどに対する成長期待はコロナ禍において弱いと言えよう。

サプライチェーン再編がASEAN・インド経済復活のカギに
以上のように、景気は底を打ったものの、ベトナムを除くASEANやインド経済については力強い回復の動きがなかなかみえてこない。そうしたなか、景気押し上げ要因として期待されるのが、サプライチェーン再編による企業の生産拠点移転である。報道によれば、過去3年でアップルといった米国ハイテク企業が生産拠点を中国からベトナム、インド、タイ、マレーシアへ移したなど、先進国を中心に中国拠点への生産偏重を是正する動きが強まっている。生産移転先の国では、対内直接投資の増加とともに、輸出競争力の高まり、さらには先端産業強化につながることが期待され、実際に、ベトナム経済は大きな恩恵を受けている。

しかし、ベトナムを除き、足元でサプライチェーン再編の動きは大きな逆風にさらされている。2019年以降の米国、欧州、日本の輸入における国別シェアの変動に示されるように、ベトナムからの供給拡大が急速に進んでいるが、それ以外のASEAN諸国やインド等での動きは小さい。

背景には、以下の三つの要因がある。第1に、コロナ禍における中国生産の巻き返しである。米国との対立をはじめ中国での生産には逆風が強まっていたが、欧米・日本の輸入における中国のシェアは足元にかけて急速に回復している。前述のように医療関連とIT関連にはコロナ禍で特需が発生し、それが巻き返しを加速させた。マスクをはじめ供給問題が生じた財は、もともと中国産シェアが高かったことが有利に働いたが、中国が短期間で世界中に供給できる体制を整えたことも確かである。

第2に、直接投資が先送りされていることも大きく影響している。企業誘致を優位に進めるベトナムでも年初からは直接投資は伸び悩み、同国計画投資省は「外国人投資家が出張できず、投資決定の遅延や見直しに至る事例が起きている」としていた。ベトナムに限らず、コロナ禍で人の往来が難しくなるなかでは、既存生産ライン拡張など小規模な投資は進んでも、大規模な投資は当面鈍りがちとなろう。

第3に、上述した経済低迷や社会混乱の影響が挙げられる。生産移転を考える企業も不確実性の高まる地域への進出は躊躇せざるを得ない。また、コストや効率性の面から現地生産の戦略として地産地消を軸とする企業が多くなり、需要が落ち込む市場への進出は見送る企業が少なくないと考えられる。なお、ベトナムは低賃金、積極的な自由貿易協定(FTA)締結などで企業誘致に着実に優位性を強めていたが、コロナ禍では特にこの点においてメリットが際立ち、魅力ある生産拠点として頭一つ抜け出す要因となっていよう。

こうした逆風に対し、ベトナムを除くASEANとインドは、今後、ビジネス誘致のための魅力を上げる政策、自由貿易協定の推進などを積極的に進めていくことが重要となろう。既に、10月にインドネシアでは投資誘致を目的とした雇用創出オムニバス法案が議会で可決された。さらに、11月にはRCEP(東アジア地域包括的経済連携)が合意されるなど、生産移転を計画する企業にとって重要なイベントが出てきており、ビジネス環境改善に向けた追い風も吹いている。

また、米国では年明けに新政権が誕生するが、米国の対中強硬姿勢に変化はなく、特にハイテク分野での米中対立は継続する可能性が高い。米国企業の中国からの生産移転、サプライチェーン再編のチャンスは今後も広がると見ておくべきであろう。加えて、コロナ禍での医療関連製品で供給問題が生じたことを問題視した日本政府は、生産拠点見直しを支援する「海外サプライチェーン多元化等支援事業」に予算235億円を計上し、ASEAN・インドで複数企業の事業展開を後押しする(前頁右下図)。韓国でも「新南方政策」の下、ASEAN・インドとの関係を強化する方針である。中国からの生産移転先がベトナム以外に広がるか否かは2021年のアジア経済を見る上で大きな注目点である。

財政・金融引き締めの北東アジア、緩和のASEAN・インド
アジア各国・地域の当局による政策対応も、短期の景気、さらには中期的な経済動向に影響することから、その動きが注目される。足元では、北東アジアとASEAN・インドで景気格差に応じて財政・金融政策スタンスにも違いが出ている。

北東アジアでは、総じて引き締め傾向がみられる。例えば、財政について韓国は2025年以降、政府債務残高と財政赤字をそれぞれ対GDP比で60%、3%以内に抑える財政規律順守の方針を10月に発表した。金融政策については、中国、韓国、台湾、ベトナムでインフレ率が低位ながらも不動産など資産価格上昇が目立ち、緩和強化の可能性は低下している。実際、中国では政策金利の変更はないものの、短期の市場金利を高めに誘導する形で引き締め方向の運営を開始している。なお、ベトナムでは、米財務省為替報告書で監視リスト入りするなど米国との貿易関係で緊張が高まっている。今年に入り金融緩和が続いていたが、金融引き締めに転じ、通貨安是正のスタンスを示すことにより緊張緩和を狙う可能性もあろう。

一方、ベトナムを除くASEANやインドでは、逆の動きがみられる。まず財政政策では、インドネシアが財政赤字をGDP比3%以内に抑える財政規律ルールを2020年から3年間限定ではあるが棚上げすることを3月に発表している。また金融政策についても、緩和を継続することが見込まれる。2020年前半に世界各国で利下げが集中的に行われるなか、インドネシアとフィリピンは11月にも追加利下げを実施するなど、年後半に入っても緩和姿勢を強めていた。為替市場が比較的安定し、インフレ率も低位で推移していることが金融緩和余地を与えている。インドはインフレ率が高止まり、積極的に緩和に動けない状態にあるが、情勢が許せば景気支援のために金融緩和に頼りたいというのが本音であろう。インドネシアは7月に中央銀行と国債の直接引き受けで合意し、約400兆ルピア(GDP比3.8%)の国債を中銀が直接購入する、といった通常は禁じ手される手法に踏み込んでいる。

このように対照的な政策スタンスが生まれており、短期的には財政・金融引き締めにより北東アジアでは景気減速リスク高まり、逆にベトナムを除くASEANやインドは財政・金融の緩和維持・拡大によって景気下振れリスクが軽減される可能性がある。ただし、2022年以降は量的緩和縮小など米国の金融政策正常化が意識され、アジア通貨に対する下落圧力、さらに資本流出リスクが高まるといった事態も想定される。その場合、後者の方が中期的な経済・金融リスクを抱える可能性が高いことには注意する必要があろう。
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