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アジア・マンスリー 2020年11月号

中国の新発展モデル「双循環」とは何か

2020年10月28日 関辰一


習近平国家主席は7月、「国内大循環を主体として、国内外の双循環が互いに促進する経済の新発展モデルを目指す」と表明した。狙いは、サプライチェーンの強靭化、消費の拡大、輸出の促進と考えられる。  

注目が集まる「双循環」
このところ「双循環」が習近平政権の新しい経済発展モデルを示すキーワードとして注目されるようになった。きっかけは、2020年5月14日の政治局常務会議における「市場規模が極めて大きく、今後も拡大余地が大きい我が国の内需の優位性を十分に発揮することによって、国内外の双循環が互いに促進する新発展モデルを構築する」との決定であった。
習近平国家主席が7月21日の企業経営者との座談会で、「国内大循環を主体として、国内外の双循環が互いに促進する新発展モデルを目指す」と表明すると、国内外の識者が双循環の概念について様々な解釈を表明するようになった。習主席は、10月14日に開催された深セン経済特区成立40周年記念式典の重要談話においても、この発言を繰り返した。しかしながら、現時点では政府から双循環の概念について具体的な説明がなされていない。

双循環は「一帯一路」と同じように、世界で大きな話題になりながら、あいまいな概念のまま使われることになるかもしれない。そして、人々に様々な期待を抱かせると同時に、習主席の権威付けの役割を果たすのであろう。「一帯一路という言葉を誰がつくったのかは明らかにされていない。だが、それが提起されて以来、海外でも大きな反響を呼んだことは周知のとおりだ。その正体ははっきりしないものの、響きが良く、かつ不明瞭なだけに人の想像力をかき立て、希望を与えるような概念だと言ってよいだろう。」という東京大学の高原明生教授の指摘が注目される(『中国の外交戦略と世界秩序』昭和堂、2020年、21頁)。

高原教授によると、一帯一路とは、アメリカ第一外交から近隣地域を含むユーラシア優先外交への重点の移動、過剰生産能力と過剰建設能力の解消、習国家主席の権威付け、という三つの狙いを持つ概念である。では、双循環とは何か。また、どのような狙いがあるのだろうか。

サプライチェーンの強靭化
筆者は双循環とは、三つの狙いを持つ概念だと考えている。
第1は、サプライチェーンの強靭化である。すでに、米トランプ政権がファーウェイや中芯国際(SMIC)向けの製造装置や部品の輸出を制限したことで、5G基地局や半導体の生産が滞り、ひいてはハイテク分野の成長が遅れるリスクが浮上している。米中対立は米大統領選後、さらに激化する可能性が高い。米国は台頭する中国に対して、政治、経済、外交、安全保障面での警戒感をあらわにし、とりわけハイテク分野での争いを意識している。米大統領選の討論会などでは、トランプ・バイデン両陣営とも中国に対し厳しい姿勢で臨むことが示されている。今後、食糧やエネルギーも制裁対象となりかねない。さらに、米国政府が米ドルの供給を制限することで、中国企業の貿易に対して甚大な影響を与えることも可能な状況である。

こうしたなか、習政権はサプライチェーンの強靭化に取り組むことになろう。補助金制度の拡充や資源国・新興国との関係強化によって、半導体や食糧、エネルギーなどの戦略的な物資の対米依存度を引き下げていくことが重要視されよう。また、貿易決済におけるデジタル人民元の利用を試みるなど、人民元の国際化に再び力を入れるとみられる。

米国で強まる米中デカップリング論と合わせて考えると、ハイテク分野、資源、国際通貨の分野において、将来的に世界が欧米や日本などのグループと、中国を中心とするグループにブロック化していく可能性を頭の片隅に置く必要があるといえよう。

消費の拡大
第2は、消費の拡大である。中国は長期にわたる持続的な経済発展を実現するうえで、投資主導型経済から消費主導型経済へ転換することが不可欠である。中国の一人当たりGDPは約1万ドルであり、所得に大きな伸びしろがある。最終消費の対GDP比率が2019年時点で55%、個人消費が39%にとどまり、国際比較の観点からは消費比率の引き上げ余地も大きい。中国の家計は、老後や子育てのために貯蓄を積み上げる傾向が強く、貯蓄率は国際的にみて高水準である。

この背景として、社会保障の整備が遅れていること、民間企業が不公平な競争を余儀なくされるなか、その平均寿命が短く雇用が不安定であること、戸籍制度によって居住する都市で公的な介護や保育サービスを受けられないことなどが指摘できる。これまで、習近平政権はイノベーションを通じた生産性・所得の引き上げや社会保障制度の整備、戸籍制度改革などを進めてきた。これらの取り組みは一定の成果をあげているものの、依然として改善余地は大きい。

輸出の促進
第3は、輸出の促進である。積極的な外資誘致や人材獲得、それらを通じた海外市場の取り込みは引き続き注力されるだろう。確かに、中国は14億人の人口を抱えるなど、潜在的な市場規模は大きく、国内経済をより重視した発展も考えられる。しかしながら、先進国の優れた技術や人材、目の肥えた消費者、新興国の大きな潜在的な市場を無視しては、中国経済の成長の天井が大きく低下しかねない。長期にわたって経済成長を遂げていくには、国内にこもるのではなく、人的な交流、貿易、投資を世界と交わしていくことが必要と考えられる。

習政権もこのような考えであると推測される。双循環の元々のアイデアは、国家計画委員会(現在の国家発展改革委員会)の王建研究員が1980年代後半に提唱した「国際大循環」からきている。労働力の優位性を発揮することによって、労働集約的な産業を育成する。積極的に外資企業を誘致する。海外の資本と市場を活用する。輸入も輸出も大きく伸ばす。その後、中国経済はまさにこうした発展モデルによって高成長を成し遂げた。

もっとも、人件費の上昇によって、労働集約的な産業に頼るのではなく、より高付加価値な産業にシフトしていく必要性が高まった。また、外資企業を誘致する際のアピールポイントは、廉価な労働力から市場の大きさに変わりつつある。世界における中国資本のプレゼンスも当時から飛躍的に高まった。国際大循環というかつての発展モデルは適合しなくなりつつあるように見える。

このため、習政権は新発展モデルを国内大循環と命名するという選択もあったであろう。それならば、輸出と投資が経済成長をけん引する発展モデルから、消費が成長をけん引するモデルへ転換する方針であることが一目瞭然となる。

しかしながら、習政権は新発展モデルを双循環と命名した。人民日報などの政府系メディアは「閉鎖的な国内循環」に陥ってはならないと強く警鐘を鳴らしている。AIやビッグ・データを用いたカメラの顔認証機能、クラウド・コンピューティングを活用したスマートシティなど「中国発のサービス」を海外に展開する企業を強力に支援する方針も打ち出された。習政権は、「双循環」によって輸出・投資・消費がバランスよく経済成長をけん引する発展モデルを目指すとみられる。
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