JRIレビュー Vol.11,No.83 農業分野における地域単位での気候変動対策ー急がれる品目転換による適応 2020年10月19日 前田佳栄気候変動による作物への影響が拡大している。温暖化による高温障害や病害虫被害の発生などが相次ぎ、収量や品質の低下が全国的に問題になっている。今後も気温上昇は進む見通しで、気象庁の予測によれば、日本国内では21世紀末までに20世紀末比最大4.5℃までの気温上昇が想定され、それへの適応策を検討していかなければならない。気温の上昇に対して、国内では栽培方法の工夫や品種改良などの日本の高い技術力や緻密な栽培管理手法に基づく対策を行い、付加価値の高い作物の生産方法を確立してきた。しかしながら、急速な気温上昇に対して、従来の方法では限界があり、既存の作物が栽培できなくなる可能性があることを認識しなければならない。すべての品目で生物の種としての限界を超えて人工的な改良を続けるのは困難であり、一定の気温を境に、どれだけ工夫を加えても不作を免れなくなる分岐点が訪れる危険性がある。分岐点を乗り越えるためには、環境の変化に合わせて栽培する品目を変える『品目転換』という不連続な変化が必要となる。品目転換を行う場合、農業者は生産、販売、経営の各側面で様々な検討が必要となり、大きなハードルを目の当たりにすることになる。また、地域全体では農業インフラや共有設備の整備、地域ブランドの再編などが求められ、食品加工などの地場産業にも影響を与える。地域の農業や関連産業全体の衰退を防ぐため、自治体やJAなどがリーダーシップを発揮して、農業者をサポートし、品目転換に向けた検討を推進していくことが求められる。気候変動には幅があるため、最終的な品目転換の実行のタイミングについては、全国一律の意思決定ではなく、地域を主導する役割を担う自治体が地域の有力プレーヤーによる地域協議会での検討結果を踏まえて、責任をもって決断すべきである。これまでに国内で蓄積されてきた無形・有形の資産をセットにして、地域から地域へ引き継いでいくことで、作物の生産や流通に必要な高度な技術・知見・ネットワークを存続・活用することができ、新たな品目に取り組む際の地域の負担が軽減される。こうした検討には国のサポートが不可欠であり、政府は世界的に気候変動対策の一つの節目とされている2030年までに制度設計を行うべきである。政府は、全国数カ所指定する気候変動適応地域での検討を通じた品目転換プロセスの確立、および検討過程で表出する課題に対する法改正などを実施し、全国の地域が品目転換に取り組みやすい環境を整備していかなくてはならない。円滑な品目転換のためには、農業のDX(デジタルトランスフォーメーション)による、環境・作況データの収集、気候変動のシミュレーションツールの開発、地域を越えた引き継ぎに向けた無形・有形資産のパッケージ化等が有効である。こうした施策を実現していくためには、データ蓄積のための補助・優遇策、官民連携での研究の推進、省庁横断型の検討チームの組成などが求められる。気候変動を悲観視するだけでなく、影響が小さい間から攻めの対策を講じ、新たな品目を取り入れることで地域を生まれ変わらせることができる。 関連リンクJRIレビュー2020 Vol.11,No.83・アフターコロナを見据えた地方創生のあるべき姿ーニューノーマルを地方創生の追い風にするために(PDF:951KB)・過疎地域における高齢者向け生活支援の課題か-互助からソーシャルビジネスへ(PDF:1244KB)・観光DXの可能性ー最先端ICTによる観光ビジネスの革新(PDF:740KB)・「三本の矢」が拓く企業の気候変動リスクマネジメント-産学官の叡智が推進する物理的リスクと適応策評価(PDF:1458KB)・農業分野における地域単位での気候変動対策-急がれる品目転換による適応(PDF:603KB)