1.ESG取り組みの一環としての人権リスク対応
新型コロナウイルスの感染拡大後、より一層長期目線での経営を志向する企業が増えるなか、中長期ビジョンやKPI設定をはじめとする各種ESG対応に関してご相談いただく機会が増加している。
これに関連して、人権リスク対応に係るご相談も増加傾向にある。特にCHRB(Corporate Human Rights Benchmark、企業の人権問題への対応状況を評価するベンチマーク)の対象企業拡大や、2020年2月「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP:National Action Plan)」の原案発表等の影響が大きい。これに加え、アフターコロナの状況下において、従業員の健康・安全等の「S:社会」関連の取り組み要請が投資運用機関の一部から発生しており、「S:社会」の代表的なリスクである「人権」に係る対応を急ぐ企業は今後ますます増加するであろう。
このような現状を踏まえ、本稿では、人権リスク対応を推進する意義、企業に求められている具体的な対応の在り方について概説する。「まだ人権リスク対応について具体的なアクションを起こしていない」もしくは「具体的に何に取り組むべきかを模索中」という企業のご担当者の一助となれば幸いである。
2.なぜ人権リスク対応に取り組むのか?
まず、すでに人権リスク対応に着手している企業が、どのような背景で取り組みに着手しているかを簡単にご紹介したい。
第一に挙げられるのは、言うまでもなくコンプライアンスの観点である。「ビジネスと人権に関する指導原則」をはじめとする国際的なガイドラインを筆頭に、英国現代奴隷法、フランス人権デューデリジェンス法、豪州現代奴隷法等世界各国で制定されつつある法規制に則ることは、グローバルに事業展開を行う企業にとって当然の責務であろう。日本においても、上述したNAPの動向を注視している企業も一定数存在する。
第二に、自社グループおよびサプライチェーンにおける人権侵害関連事象の発覚から生じ得る補償費用、ブランド価値の毀損、不買運動、ESGインデックスからの除外等の防止が挙げられる。一部の消費財メーカーに対し、「過酷な労働環境下で生産された製品を販売している」との理由で不買運動が発生し、当該企業が対応に追われたという事例は容易に想起されるであろう。
このような「守り」の側面に加え、最近では「ステークホルダーから選ばれる」ことを志向した「攻め」の姿勢で取り組みたいという企業からのご相談も増えている。この背景には、サステナビリティに対する意識が高いミレニアル世代の優秀な人材をひきつけたいという思いや、取引先にESG対応を要請する旨の契約条項を設定する動きにきちんと対応し、取引先から積極的に選ばれる企業を志向する企業の思惑がうかがえる。もちろん、CHRBのような格付けスキームにおいて高評価を獲得し、投資家等のステークホルダーにPRしたいというケースも散見される。
数々の企業の取り組み状況を振り返ってみても、単なるコンプライアンスやリスク対応に留まらず、「攻め」の観点から取り組みの意義を見いだすことが、企業価値向上につなげるためのポイントと言えそうである。
3.企業は具体的にどのような取り組みを行うことが有効か?
ガイドラインや法規制、社内外の人材、取引先、投資家等、企業に対してあらゆる角度からの対応が求められる中、企業は具体的に何に取り組むと良いか、という観点で概説したい。
まず必要とされるのは、人権方針の策定である。企業活動の地理的範囲拡大や技術の進展に伴い、人権リスクも多様化している(例:AI(人工知能)を活用したビジネスに伴う人権リスク)ことを踏まえると、自社を取り巻くステークホルダーからの要請はおさえつつも、自社としての大局的な考え方を示すというアプローチが推奨される。特に一度策定した方針類を容易に改訂し難い企業にとっては、どのような人権リスクが出てきてもカバーできるものにすることが必要であろう。
人権方針と同様に推奨されるのは、人権デューデリジェンス・プロセスの策定である。具体的には、人権リスク評価、リスク評価に基づく対応策の実施、評価・モニタリングの実施、各々についての情報開示が必要となる。日本企業の場合は、自社およびサプライヤーの従業員による長時間労働や外国人技能実習生の取り扱いに関するリスクが高いという全体の傾向を示す報告も行われている(出所:米国国務省「人身取引報告書(“Trafficking in Persons Report 2020”)」)。現時点で企業がおさえておくべき人権リスクは、(1)(サプライヤーおよび自社グループの)労働者に対する影響、(2)事業活動推進に伴って生じ得る周辺環境への影響、そして(3)製品の広告における差別的表現等を通じた、不特定多数のプレーヤーに対する影響等に大別される。一方で、企業ごとに重要なリスクは異なるであろうし、日々様々なリスクが注目を浴びつつある昨今の動向を踏まえると、きちんと順を追って分析を実施していくことが不可欠である。
人権方針を定め、自社にとって重要な人権リスクを洗い出し、リスク対応計画を策定した後は、万が一人権リスクが発生してしまった場合に備えるための苦情処理メカニズムや、人権リスクが発生しているか、もしくは現在は発生していないものの、今後人権リスクが発生するかどうかを確認するための監査等の仕組みが必要とされる。
このように、人権関連で必要とされる取り組みを概観していくと、非常に多くの労力・時間がかかるであろうことは容易に想像がつくのではないか。このようなハードルを越えるためには、まずCSR/サステナビリティ/ESG関連部門、人事部門、調達部門、法務部門等が連携し、人権リスクを経営上の重要課題と捉えて全社一丸となって取り組むことが求められるのは言うまでもないであろう。これに加え、短期間での取り組みの完結を目的とするのではなく、「どこにどのようなリスクがありそうか」「その低減・管理のために自社は何ができそうか」というベーシックな視点を基に数カ年計画を策定し、着実に歩みを進めていくことにより、種々のステークホルダーからの期待に応えることにつながると考えられる。
以 上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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