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アジア・マンスリー 2020年9月号

中国の次期5カ年計画・三つの注目点

2020年08月27日 関辰一


10月頃、中国の次期5カ年計画の草案が発表される予定である。成長率目標は設定されるのか、産業補助金などの産業政策は見直されるのか、どのような新発展モデルを示すのか、の3点が注目される。

前回の5カ年計画のインパクト
中国の中長期的な政策の方向性が示される重要会議、中央委員会第5回全体会議(5中全会)が10月に開催されることとなった。主な議題は、経済・社会政策の柱となる第14次5カ年計画(2021~25年)及び2035年までの長期目標である。中国を取り巻く環境が大きく変化するなか、習近平政権がどのような方針を打ち出すのか注目される。

2015年秋に発表された第13次5カ年計画では、年平均+6.5%以上の経済成長の持続、産業の高度化、環境改善の実現、一帯一路構想の推進、一人っ子政策の撤廃が、重点政策として位置づけられた。中国のGDP統計の信憑性については議論があるものの、ここ5年間ハイテク分野で高い国際競争力を誇る中国企業が数多く誕生したことは間違いない。大気汚染は改善し、中国と一帯一路地域における貿易や投資は大幅に増加した。出生率の低下には歯止めがかかっていないが、すべての夫婦が持てる子供は2人までとなったことで、選択肢が増えたことは前向きな動きである。

他方、米中対立はハイテク分野を中心に激化し、一帯一路構想に対する各国の警戒感も強まった。国家安全法によって中国の安全保障が強化された一方で、中国企業の海外展開は様々な制約を受けるようになった。企業内における共産党組織の設立などによって、企業経営に質的な変化が生じた。第13次5カ年計画の期間を通じて全国平均でみた所得水準は目覚ましい上昇を達成したものの、所得格差は再び拡大に転じた。

成長率目標、産業政策、新発展モデル
次期5カ年計画では、以下の3点が注目される。第1は、成長率目標が設定されるのか、される場合は何%に設定されるかである。現時点の見通しとして、成長率目標は設定されるとみられ、低くて+5.0%、高くとも+5.5%程度となろう。その狙いは「所得倍増」から、不均衡を生じさせない「適度な成長」へシフトするとのメッセージとみる。

これまで中国では、政府が成長率目標を設定した後に、31省・市・自治区の地方政府がそれぞれの成長率目標を発表し、インフラ投資や不動産開発投資を企画・推進してきた。国有企業などの設備投資も、中国政府と地方政府の成長率目標に左右される。

中国政府は2010年から2020年までに国民所得を2倍に増やし、「小康社会」を実現すると約束した。これを達成するために、5年前は年平均+6.5%以上の経済成長を保つという目標が設定された。2019年の一人当たり実質可処分所得は2010年対比+96.6%増加したことを踏まえれば、所得倍増目標の達成は近いといえよう。

もっとも、近年には成長率目標を設定すべきではないとの主張がみられるようになり、中国政府も「過度な成長」を警戒している。背景は、地方政府や企業が数値目標の達成を過度に重要視することで、非効率なインフラ投資や設備投資、住宅投資が行われ、その結果、中国の投資効率が大きく低下してきたためである。こうしたなか、中国政府は地方リーダーの人事評価において、成長率目標達成のウエイトを引き下げ、環境改善など他の評価項目のウエイトを引き上げた。

他方、経済成長のペースを落としすぎると、過剰債務・不良債権問題が顕在化しかねない。中国の企業債務のGDP比は公表値ベースで既にバブル期の日本を上回っているが、潜在的な不良債権比率は政府の公表値を大きく上回っているとみられるなど、問題は早急に対応すべきレベルに達している。中国政府は2017年頃から債務抑制(デレバレッジ)に本腰を入れ始め、シャドーバンキングを抑制すると同時に、地方政府や国有企業の債務の監督管理を強化し、その一方で、成長率の低下を容認した。もっとも、債務返済圧力が大きいなかで、景気が失速したため、地方政府と一部の企業は深刻な資金繰り難に陥った。これを受け、人民銀行総裁が「性急なデレバレッジ政策を反省する」と謝罪した。債務返済を滞りなく行うためには、一定の経済成長ペースを保つことが重要であることが教訓になったといえよう。

こうしたなか、中国政府は「適度な成長」を目指すと見込まれる。債務の対GDP比の急低下、急上昇を回避し、横ばい圏内で推移するよう経済運営を行うだろう。地方政府や国有企業に対して債務の整理を要請し続けると同時に、産業高度化に資するプロジェクトに対する積極的な支援と、一帯一路地域を含む中国経済圏の構築に力を入れると予想される。

第2は、産業補助金などの産業政策が見直されるか否かである。中国政府は「中国製造2025」に基づき、半導体や5G、AIなどの重点分野に対して、産業補助金などの支援策を相次ぎ打ち出した。米国政府が中国政府に対して産業補助金の抜本的な見直しを求めているものの、これらの重点分野に対する強力な支援策は継続されている。習近平政権は、引き続きハイテク分野の育成が国家の将来を左右する重要な国策と位置付けるだろう。

なお、次期5カ年計画では「中国サービス」が産業政策の新しいキーワードになる可能性がある。商務部は8月12日、香港やマカオでデジタル人民元の導入実験を開始するなど、122項目のサービス輸出強化策を発表し、グローバル・バリューチェーンにおける「中国サービス」の地位を高めると明記した。

第3は、どのような新発展モデルを示すかである。今年5月頃から「双循環」が習近平政権の新しい発展モデルを示すキーワードとして注目されるようになった。もっとも、政府は「国内大循環を主体として、国内外の双循環が互いに促進する新発展モデルを目指す」と表明したものの、国内大循環や双循環の概念についての具体的な説明は現在までのところない。

こうしたなか、国内外の識者が双循環の概念について様々な解釈を表明し始めている。たとえば、米中対立の激化や新型コロナウイルス感染症の流行により、外部環境の不確実性が高まっているため、今後は海外には頼らずに国内経済の自立性を高める発展モデルを目指す、という見方がある。他方、外資企業がグローバルサプライチェーンを見直す動きがみられるなか、中国市場の高い将来性をアピールポイントに外資誘致を加速させるほか、積極的に海外に進出していく発展モデルだ、とする見方もある。

確かに、中国は14億人の人口を抱えるなど、潜在的な市場規模は大きく、前者のような国内経済をより重視した発展も考えられる。国家資本主義と呼ばれる政策運営方針はデジタル化と高い親和性を持つため、今後5年で産業高度化のペースが加速する可能性はある。

しかしながら、より長期にわたって経済成長を遂げるには、国内に籠るのではなく、人的な交流、貿易、投資を世界と交わしていくことが必要と考えられる。加えて、中国の持続的な発展を目指すには、世界の優秀な人材が集まる国になっていくことが重要といえよう。習近平政権の言う「双循環」も積極的な外資誘致や人材獲得、海外市場の取り込みを重視する概念、と考えるのが妥当であろう。次期5カ年計画の草案は、こうした「双循環」に対する認識に立脚しているのかが注目される。
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