1.人出減少率の活用
緊急事態宣言によって人との接触を7~8割減らす目標値が設定される中、都心の人出の減少率指標が注目を集めるようになり、メディアでも多く取り上げられた。この指標は携帯の位置情報をもとに1年前や緊急事態宣言前と比較して減少率が算出されている。多くの繁華街の様子を監視するだけでは客観的な評価が行えないため、人数のカウント、1人ひとりの場所を特定できる携帯データは有効であった。さらに知りたいのは、3密の状況人と人の距離を測って3密になっているかどうかだが、携帯データは厳密な位置情報を把握しにくいため、この目的には有効でない。
この場合適しているのは、電力データである。人数の比較でなく、密閉、密集、密接の3密の可能性のある施設の稼働状況は電力データでより明らかにできる。電力データは、飲食店、小売店舗、事務所など施設ごとの稼働有無、稼働水準、稼働時間を明らかにする。電力データは人の活動の結果であり、そのリアルタイムデータは状況の変化を的確に明らかにできるのである。
2.目立たなかった電力データ
しかし、携帯データを用いた人出減少率が連日のように取り上げられた一方、電力データを用いた発表は特になく、その事実の指摘もなかった。なぜこうなったかと言えば、電気事業法が電力データの目的外使用を制限し、電力会社も積極的に電力データの有用性を語らず、社会も関心を持たなかったからである。
この規制は電気事業法改正により緩和され、電力データの社会利用が進められる予定である。本国会で審議されている「強靭かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等改正案(エネルギー供給強靭化法)」により、個人情報保護を前提にしつつ、電力データの電気事業目的以外の利用が可能となる(図表)。5月26日に衆議院で、一部の事業者による独占が起こらないようにするという付帯決議付きで可決された。規制緩和後には、見守り、空き家把握、避難計画に生かす在宅率データといった社会基盤データとしての活用に加え、店舗周辺のマーケティング活用も想定されている。
出所:参議院常任委員会調査室・特別調査室「強靱かつ持続可能な電気供給体制の確立」から抜粋
3.見える化に終わらないことが大切
エネルギーデータは、これまでも工場などで省エネに生かすために利用されてきた。工場やビルでは、需要家毎のリアルタイムデータが取得されているが、スマートメーターを全ての住宅に設置することで、家庭でもリアルタイムデータを取得できるようになる。さらに、建物内のエリアごと、設備ごとなどでデータを取得する活動が進められ、きめ細かなデータの取得が進むと考えられる。電力データ基盤はデータ活用社会に不可欠なものとなるだろう。
気を付けないといけないのは、当たり障りのないデータの見える化だけに終わることである。データ収集やデータの見える化はデータ活用社会の入り口に過ぎない。見える化は第一歩であり、大切なのは電力データから社会の中にある課題解決にまでつなげるモデルを確立することである。
今回の繁華街の人出を例にとれば、人出減少率を代替するだけに終わってはいけない。どこで3密が起こっているかを把握し、それを解決策にまで落とし込み、実際に活用できるモデルにし、厚生労働省クラスター対策班の活動に示唆を与えたり、課題仮説を検証したりするためのデータを提供できるモデルを確立しないと意味がない。それを実現しようとした場合、営業店舗からは詳細なデータ公表は避けてほしいという要望が出るだろう。詳細なデータ分析にはコストもかかるため、経済性の観点で実現できない可能性もある。社会モデルとしての実現に向けた課題が発生すると予想されるのである。そのため、個人情報保護はもちろんこと適切なデータ開示範囲と開示先を設計することも必要になり、建物での省エネなど日常的に電力データを用いる日常的なビジネスモデルと連携してデータ取得コストを下げる必要もある。
電力データは、連続的かつ切れ目のないリアルタイムデータで現場を描き出せるち密さがあり、汎用的で、既に先行するデータ基盤があり、高い社会価値創出ポテンシャルを持つ。コロナ後の社会モデルに向けた具体化が期待される。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。