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コロナショックが5G市場に及ぼす影響

2020年06月01日 浅川秀之


はじめに
 2020年は日本の5G(第5世代移動通信システム)商用化元年といわれ、開催予定であった東京オリンピックも後押しとなり、世界でも先端的な5G実現国としての記念すべき初年になる予定であった。しかしながら新型コロナウイルスの影響により、その普及拡大シナリオは大きく遅延することが確定的である。実際にどのような影響があるのか。政府や通信事業者、メーカー等様々な主体が現時点でどのように動いているかを整理し検証してみたい。

各主体の動向
 日本政府は「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」の中で、強靭な経済構造構築の具体的施策として5G整備を促進する金融支援などを実施する方針を示した。また、緊急経済対策には、リモート化によるデジタルトランスフォーメーション(DX)加速、遠隔教育環境整備、オンライン診療活用支援、スマート農業振興やデータ連携等によるサプライチェーン強化など、5Gインフラが必要と考えられる施策も多数盛り込まれている。コロナ影響下においても、5Gというインフラを重要視する国の路線に変わりはなく、むしろ一層強化されたとも取れる。
 通信事業者は、各社の動向に若干の差異はあるものの、5G設備投資の意欲自体は維持されており、コロナ影響による投資計画の大きな減退は現時点では見られない。ただし、グローバルサプライチェーンからの影響による機材調達等の遅延は避けられず、サービス開始の延期を正式発表するケースも見られる(楽天モバイルは、サービス開始時期について3カ月程度を目途に延期する見通しを発表)。
 主要な基地局ベンダーであるエリクソンやノキアからは、彼らの主要顧客である通信事業者の最新技術へのアップグレードが遅延する見込みなどを示唆する発言が見られる。
 5G機器の主要エレクトロニクス部材(半導体等)メーカーについては、基幹ネットワーク機器やサーバー機器などインフラ系の関連部材は比較的堅調に需要は維持されると考えられる。一方で、端末関連部材の落ち込みが大きい。半導体製造装置などの生産ラインの設備投資自体の影響はそれ程大きくはなさそうである(設備投資計画は基本維持)。しかしながら、やはり全般的にグローバルサプライチェーンの機能不全による影響は大きく、それにともなう遅延の発生は免れないであろう。
 また、5G普及シナリオへ大きな影響を及ぼす要因として、「標準化作業の遅延」が挙げられる。3GPP(Third Generation Partnership Project)は、4月初旬の段階で「今後少なくとも3カ月間は対面による会議を行わない」と発表しており(現在は遠隔会議開催の方向で準備が進んでいる模様)、Release16とRelease17の作業延期が確定している。このRelease16/17は、産業でのIoT多数端末利用や、自動運転時に不可欠な低遅延性など、「5Gならでは」の機能標準が含まれており、今後期待されている様々なユースケースの立ち上がりも大きく遅延することになろう。
 需要側の影響として、個人消費の冷え込みによるスマートフォン端末市場の落ち込みは必至である。個人消費の回復にはリーマンショック時以上の時間を要するという予測もあり、仮にそうだとするとコロナショック以前の状況に戻るためには1年半以上を費やすことになる。また、5G新規端末は高価格帯のものが多く、一方で、5Gで新たに利用可能となるサービスやコンテンツ自体には生活必需性が高いものが現時点ではさほど多くはない。このため5G新規端末がリリースされても、一気に普及することは難しいのではないか。しかしながら、外出自粛影響によるテレワーク利用や動画視聴時間の増加などに伴い、データセンターやクラウド関連設備の設備投資が加速方向となっている(グーグルやアマゾンは、データセンターやクラウドを強化する方向性との声も聞かれる)。

インフラ・端末・サービスへの影響
 以上のような各主体の動きを俯瞰し、新型コロナウイルスの影響について、インフラ、端末、サービスという3つのレイヤーで整理する。
・インフラレイヤー:通信事業者の設備投資意欲や直近の事業体力への影響は比較的軽微であり、5G設備投資計画は基本的に維持される。一方、グローバルサプライチェーンへの影響や標準化遅延などの自らコントロールできない外部影響によって、サービス開始/普及タイミングが数カ月~半年程度は遅延する可能性が高い。
・端末レイヤー:5Gだけでなく既存4Gも含め、端末市場は確実に縮小。個人消費の大きな停滞に加え、新規端末開発も遅延するため、コロナショック以前と同様の端末市場への回復には1年半以上必要となるのではないか。
・サービスレイヤー:情報取得/共有、コミュニケーション手段としての携帯電話インフラの重要性が強く再認識されはじめており、関連サービスだけでなく通信品質も拡充の方向に。特に、医療や教育、働き方改革分野での需要が急速に高まると考えられる。

「スマホ+エンタメ的利用主導」ではなく「インフラ+公共的サービス主導」で普及拡大
 5G市場全体を見た場合、新型コロナウイルスによって市場拡大(設備投資、端末普及等)が遅延することは必至である。ただし、インフラ拡充への影響よりも深刻なのは端末普及への影響であり、個人消費の回復程度には時間がかかる(1年半以上か)見込みである。
 なお、5Gだけでなく、各種センサーIoT、データ分析、AIなど多くのテクノロジーについて、社会インフラとしての重要性が強く認識されるようになった。これら5Gをはじめとするテクノロジーは、様々な生活サービスや、それを支える物流流通などの基盤として必需性が高いため、市場全体の遅延はあるものの、インフラ拡充は引き続き行われ、端末もその後に普及すると予想される。
 コロナショック以前には、5Gで利用可能となる各種新サービスは、高精細映像やエンターテイメント利用を起点としたものが中心になると考えられていた。しかし、社会インフラとしての5Gの重要性が鮮明となったことから、社会サービスやテレワーク、その他教育や医療などの需要が先行する可能性の方が高いのではないか。

最後に
 種々の外部環境動向を勘案すると、社会基盤としての5Gの重要性が、より強く認識されるようになってきたといえる。その実現に向けてインフラをしっかりと拡充するためには、各通信事業者独自のインフラ拡充施策に加えて、政府のある程度の具体的関与(制度や財政金融面だけでなく、PFI等の事業スキーム導入も含めた支援)も今後重要になってくるのではないか。それによって少しでもコロナ禍からの回復を早め、その後の本格的な5G市場拡大へと連鎖していくことが望まれる。
以上


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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