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アジア・マンスリー 2020年6月号

デジタル人民元に実用化の動き

2020年05月28日 関辰一


中央銀行によるデジタル通貨の発行は多くの課題を伴うものの、中国では公務員らに通勤交通費補助金としてデジタル人民元を支給するなどの実証実験が始まった。外資企業も実証実験に加わる予定である。

■導入実験が開始
中国政府によるデジタル人民元の実用化に向けた動きは着実に前進している。今年1月10日、中国人民銀行(中央銀行)はフィンテックに関する自らの取り組みのレビュー「盤点央行的2019 金融科技」をウィーチャット(テンセント運営のSNS)で発表した。このなかで「法定デジタル通貨の全体的な設計、規格の標準化、影響の研究、複数機関による調査実験が基本的に完了した」と公表した。

その後、新型コロナ感染症の流行を封じ込めるための活動制限により、デジタル人民元発行に携わるチームの活動も一時的にブレーキがかかった。もっとも、2月半ば頃から経済活動が再開すると、デジタル人民元に関する動きが再び盛り上がりをみせた。

たとえば、国営放送の中国中央テレビ(CCTV)は4月29日に「人民銀行がデジタル通貨を連れてきた!ネット接続なしでスマホ決済が可能」というWEBニュースを配信した。他のメディアも、デジタル人民元の口座の写真や注目点などを相次ぎ取り上げた。新型コロナ感染症によって、人々が現金やクレジットカードによる決済に慎重になり、非接触型の決済により前向きになったともいえよう。

こうしたデジタル人民元の実用化に向けた動きにおいては、以下の三つが注目点である。第1に、デジタル人民元の実証実験が一部の地域で始まっていることである。具体的には、江蘇省蘇州市、広東省深セン市、河北省雄安新区、四川省成都市の4都市である。2022年の北京冬季五輪の開催地となる北京市の会場周辺も、対象地域になるという。
人口74万人の蘇州市相城区では、公務員と主要企業の従業員が4月末までにデジタル人民元の口座を開くよう指示を受け、5月から通勤交通費補助の半額をデジタル人民元で給付される。

ただし、デジタル人民元を全国に展開することは容易ではない。中央銀行がブロックチェーン技術を活用したデジタル通貨を発行するにあたり、多くの課題がある。なかでも、セキュリティの問題が大きい。全国民に安心してデジタル通貨を流通させるには、取引データを改ざんして不正な取引を行おうとする「悪意の参加者」から保護しなければならない。
中島真志・麗澤大学教授が論文「中央銀行によるデジタル通貨発行の可能性」(世界経済評論2018年11・12月号)で指摘したように、デジタル通貨を紙幣や硬貨のように誰でも使えるようにするために、誰もが参加できる「オープン型」のブロックチェーンとして運用すると、取引の承認に手間やコストがかかり、取引が確定するまでの時間も長くなる。中国政府は参加者をかなり限定した一種の「クローズ型」のブロックチェーンとして運営し始めたが、参加者を大幅に拡大していくにはさらなるハードルがあるといえよう。

■既存のキャッシュレス決済との差別化
第2に、利便性にも十分に配慮されていることである。まず、デジタル人民元は、QRコード決済のアリペイやウィーチャットペイと比べると、ネット接続なしでも使えることが大きな違いである。4GやWi-Fiなどのインターネット回線に接続していない状況においても、2台のスマートフォン(スマホ)を近づければ決済および送金を行えるという。これはデジタル人民元がスマホに掲載されたNFCやBluetoothなど無線通信系の技術を使うことを示唆する。すでにスマホで無線通信型の技術を使用して非接触型決済を実現したApple PayやGoogle Payと比べると、デジタル人民元は送金も可能になる点が特徴である。

また、導入のハードルも低くなっている。個人がデジタル人民元を使うには、既存のアリペイ、ウィーチャットペイ、各金融機関のスマートフォンのアプリを利用すればよいとみられる。メディアで紹介された写真を見る限り、中国農業銀行と中国建設銀行のスマホアプリは、すでに試験的にデジタル人民元の残高を表示できる。これらの写真には、他の口座残高の現金をデジタル人民元に替えること、口座内のデジタル人民元を現金に替えること、デジタル人民元で行った決済や送金のログをみること、を実行するためのアイコンも映っている。さらに、QRコードを読み取るアイコン、自分のQRコードを表示するアイコン、2台のスマホを近づけるアイコンがあることを踏まえると、QRコード決済もできると考えられる。
一方、デジタル人民元が浸透すると銀行の役割を奪いかねないため、国民の利便性が低下するという問題も生じうる。いわゆる「銀行の中抜き」の問題である。個人や企業が、中央銀行から直接発行を受けたデジタル通貨を使って、誰とでも直接的に電子的な決済ができるようになると、もはやATMや銀行窓口で現金を引き下ろす必要はない。そもそも送金や引き落としのために銀行に決済のための預金を持つ必要性すら低下する。銀行の貸出原資である預金が大幅に減少すれば、銀行が担ってきた金融仲介機能に深刻な影響が出ることになる。

そのため中国政府は、個人や企業に直接デジタル人民元を発行せずに、銀行やフィンテック企業を経由して発行し、これらの金融機関にデジタル人民元による決済や送金サービスを担うよう制度設計をした。金融機関がすでに流通している銀行券を差し出すことで、その分のデジタル人民元を発行してもらう仕組みである。これらの工夫によって、銀行預金の不安定化を回避しようとしている。

■外資企業も実証実験に参加
第3に、雄安新区でより大がかりな導入試験が、間もなく始まる予定である。国家発展改革委員会が4月22日に雄安新区で行ったデジタル人民元の導入試験についての説明会には、中国人民銀行、ファーウェイやバイドゥなどのハイテク企業が理事を務める雄安新区スマートシティ聯合会、4大銀行、アント・ファイナンスとテンセントに加え、不動産開発、レストラン、ホテル、映画、スーパー、コンビニ、フィットネスジム、書店などを営む地場企業のほか、スターバックスやマクドナルドなどの外資企業も参加した。

ここでは、国家発展改革委員会が導入実験のリーダー格を務めていることが注目される。中央銀行がデジタル通貨を発行するにあたり多くの課題があるが、国際通貨の問題もその一つである。デジタル人民元はドル覇権への挑戦だといえるため、米中対立を一層激化させかねない。国外からの強い反発が予想されるだけに、中央省庁のなかで最も影響力のある国家発展改革委員会が、主導権を握るのは必然であったと考えられる。

そもそも、雄安新区とは習近平国家主席が自ら推進する新都市開発プロジェクトである。「千年の大計」とも呼ばれるこのプロジェクトで、AIやビッグデータを活用した世界最先端のハイテク都市の開発を成功させ、さらに雄安新区のモデルを国内外で広く展開する方針である。ここでデジタル人民元の立ち上げを宣言したということは、たとえ米中対立を激化させたとしても、デジタル人民元をなんとしてでも実現させ、中国をテクノロジー・経済超大国へ転身させるという習近平政権の決意表明と考えることができる。
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