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ポストコロナ時代におけるスポーツ・文化・芸術政策の在り方
~デジタル公共空間による公共サービスDXの在り方について~

2020年05月22日 前田直之


1.わが国のスポーツ・文化・芸術政策の現在位置
 スポーツ・文化・芸術は、人々が感性や創造性を育むために必要不可欠な要素として、この情報技術革新の時代において改めて認識が深まりつつある。デジタル化、IoT、AI等、多くのものがデータ化され自動化されていく中では、人間が生み出す価値は、感性や発想に基づく創出、デザインという行為に存在するからである。ビジネス社会においても、クリエイティブ思考、アート思考というプロセスや直観・審美眼の重要性が謳われて久しい。
 このような中、国はスポーツ・文化・芸術分野の政策として、経済成長や国民のQOL向上に貢献するものとして方針を定めている。平成29年3月に策定された第二期スポーツ基本計画では、特に国民のスポーツ実施率の向上、スポーツ産業市場の拡大を目標として、施策方針を定めている。また、平成30年3月に策定された第一期文化芸術推進計画では、「国及び地方公共団体は(中略)、文化芸術により生み出される本質的価値及び社会的・経済的価値を文化芸術の継承,発展及び創造に「活用・好循環させる」ことが重要である。」と示している。
 スポーツ・文化・芸術政策の大きな役割は、その価値を生み出す人(アスリートやアーティスト)と、その価値を享受する人(国民全体)の双方を対象として、それぞれが「する」支援、「みる・触れる(みせる)」支援を行うというものである。価値を生み出す人々に対しては、国際競争力を高める支援をすることや、発表や公演を観覧してもらえる環境を整備すること、さらには経済的な自立や発展ができるように支援することである。価値を享受する人に対しては、スポーツや文化芸術活動に親しむ環境を提供し、さらには「本物」に触れて、感性を刺激する機会を提供することなどが挙げられる。これらは、機能別に分類すると、活動そのものを支援する施策、活動をする機会を提供する施策、活動をする場を提供する施策に分かれている。


2.新型コロナウイルスがもたらした変化
 このような状況の中、2019年末から蔓延した新型コロナウイルスによって、スポーツ・文化・芸術政策は大きな岐路に立たされている。元来、スポーツ政策については、多くの競技が「人が集まって行うもの」であるため、「人が集まってスポーツをする場」や、「人が集まってスポーツをする、もしくは観覧する機会(教室やイベント、興行など)」を提供していた。文化・芸術政策においても、創作活動は個人で行うこともできるものがあるが、国民が本物の文化・芸術を「みる・触れる場や機会」の提供は、人が集まる公共施設等において提供されていた。
 しかしながら、新型コロナウイルスの拡大防止に向け求められた行動様式、生活様式では、「特定の場所に人が集まること、人を集める」ことが抑制される。それによって、スポーツ・文化・芸術政策の目標であった「多くの人に場と機会を提供する」ことが、従来の手法では叶わない状況が発生している。
 実際に、全国で、スポーツ興行、文化・芸術興行が中止・延期され、公共のスポーツ・文化・芸術施設が閉鎖された。そのため、国民のスポーツをする機会や興行を観覧する機会、文化・芸術の展覧会や公演に触れる機会が損なわれ、人々の感性や創造性を喚起する価値の提供が停滞している状況である。

3.公共サービスの転換期
 新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けた社会的な要請は、「人が集まる、集める場」に依存して提供されていた公共サービスに変化をもたらすであろう。
 人が集まることができない状況において、スポーツ・文化・芸術政策が、目的を達成するためには、サービスの提供方法を転換する必要がある。例えば、国民がスポーツを実施する機会を提供するためには、集まらなくても、離れていてもスポーツの機会の提供できるウェブコンテンツやプログラムを提供し、自宅や近所で体を動かすことを推奨することなどが考えられる。すでに、多くのスポーツクラブやアスリートが、これらのコンテンツを広く提供している。また、文化・芸術コンテンツについては、美術館や劇場で実物を観覧することはできないが、デジタルコンテンツとして配信することで、その場に行かなくても臨場感ある「本物」を体験することが可能になっている。
 このように、従来は人を集めることや人が集まる場を、公共施設として提供することが、スポーツ・文化・芸術政策の根幹であった。しかしながら、人が集まれない環境下においては、時間と空間を超えた施策を講じることが求められる。
その一つの解がデジタル化である。スポーツや文化・芸術興行、作品をデジタル化することにより、観覧する場が「実際の公共施設」ではなく、「デジタルな公共空間」に置き換わり、そのデジタル空間上でコンテンツが提供される。もちろん、スポーツの団体競技などは、実際の空間を共有しなければ競技が行えないが、個人で行うエクササイズ、体操などは、デジタル空間上でコンテンツが提供されれば、場所と時間を選ばずに活動できる。例えば森美術館では、展覧会を延期する中、過去の展覧会の館内3Dデータを公開し、ウェブ上から自由な視点で美術館内を「歩いて観覧する」ことができるコンテンツを無料公開している。実際に歩きながら作品をみているような感覚になり、ただの2次元の画像による閲覧とは質の異なる体験ができる。また、国立科学博物館では、2019年6月27日に発表した「科博イノベーションプラン」において、収蔵品のVR化などを進める方針を掲げており、緊急事態宣言後の2020年4月24日から、一部コンテンツの無料公開を行っている。国立科学博物館のVRサイトは、公開から6日で60万人以上のアクセス数があったとされ、これは年間来場者数の4分の1に相当する人数であると報告されている。

VR提供を行っている美術館・博物館等

館名展示名
森美術館「未来と芸術展」3Dウォークスルー特別公開
国立科学博物館おうちで体験!かはくVR
国立近代美術館ピーター・ドイグ展
川崎市岡本太郎美術館音と造形のレゾナンス-バシェ音響彫刻と岡本太郎の共振


4.実物や現実の空間を共有することがもたらす価値
 一方、公共施設等の役割はどうなるのであろうか。先に述べた通り、スポーツの団体競技などは、空間を共有しなければ、競技自体が実施できないため、そのような場を提供し続けることは不可欠である。
 もともと、スポーツ・文化・芸術が人々の感性や創造性を喚起するのは、光や色、音や振動、感触、匂いなどの人間の五感にアプローチし、体感的な感動や快感、興奮を与えるからである。また、それを他の人と同じ空間で、同じ瞬間に共有をすることによる精神的な充足を得られるからである。
 これらのスポーツ・文化・芸術が提供する価値は、実際の物理的な空間でのみ、享受できるものである。VR等を利用しても、完全なデジタル空間への没入感を得ることは、もう少し技術革新の時間が必要である。このように考えたときに、物理的な場として提供される公共施設等は、人々がスポーツ・文化・芸術の価値を「その場で体感できること」に特化した機能を備え、顧客(ここでは市民)の体験価値「ユーザーエクスペリエンス(UX)」を高めることが重要である。スポーツ施設は、観覧者がその臨場感をより感じられ、かつ快適に過ごすことができる施設にすること、ホールなどは、音や振動を最適に伝えられる音響にすること、美術館や博物館は、作品に適した展示空間を提供し、時には触れたりすることができるようにするなど、実際の物理的な空間でしか享受できないUXを提供する場にする必要がある。

5.ポストコロナ時代に求められるスポーツ・文化・芸術政策の方向性
 新型コロナウイルスがもたらした我々の生活様式・行動様式の変容は、スポーツ・文化・芸術政策に以下のような変化を求めている。

<デジタル空間でのサービスの提供>
 現在は、公共サービスとして提供されるスポーツ・文化・芸術分野のコンテンツのうち、ほとんどはデジタル化されていない。スポーツ教室、体操教室、エクササイズプログラムなどは、インストラクターによるデジタルコンテンツを作成したうえで、配信することもサービス提供の選択肢として取り入れられるべきである。文化・芸術コンテンツも、著作権や放映権、肖像権等の関係上、デジタル化などが避けられてきたが、政策目的を「本物を見せる」ということに主眼を置けば、今後はデジタル化し、デジタル空間で展示・公演することが当たり前の世の中になる。

<自治体境界を越えたサービス提供>
 今まで、スポーツ・文化・芸術の公共サービスは、場に依存していたため、各自治体単位で、施設の整備やプログラムの提供が行われてきた。これらのサービスコンテンツがデジタル化され、市民が時間や場所を選べるようになる場合、提供者である自治体の垣根も超えて、自由なサービス選択が可能となる。
 一方で、実際の公共施設の質を高め、UXを高める工夫を行うことが求められるが、そのような公共施設投資においても、近隣自治体間での機能分担などを行うことにより、二重投資や機能重複を避け、合理的な利活用を図ることができる。

<デジタルコンテンツの価値や権利の保護>
 一方で、コンテンツがデジタル化されることで、アスリートやアーティストの「価値を生み出す人」の権利を保護することが必要である。プロフェッショナルとして活動しているアスリートやアーティストは、生み出した価値で対価を得て生活をしている。その価値の低下や模倣、乱用などが行われないよう、デジタルコンテンツの権利を守る仕組みは不可欠である。この仕組みが整わないことには、「価値を生み出す人」のコンテンツがデジタル空間で豊富に提供されることはない。

<実際の公共空間が担う役割>
 実際の人が集まる公共空間の役割は、スポーツ・文化・芸術の「本物」を五感で感じることができる場であることが求められる。そのための施設や設備のありようを模索することが必要である。また、人が集まる公共施設(スポーツ・文化・芸術施設のみならず)においては、施設に適した人口密度の考え方を定義することが求められる。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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