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新型コロナウイルス禍を踏まえたフードチェーンの見直し
~生物多様性とのつながりの視点

2020年05月19日 古賀啓一


 新型コロナウイルスの発生への緊急対応が進められている中で、食品流通の動きにも変化が出ている。例えば、農林水産省からは生産現場を支えるために乳製品や花といった農産物の買い支えが訴えられ、大手コンビニチェーンのローソンは高速バス会社と協働して産直野菜を一部店舗で取り扱うことを発表、産地に拠点を有する農外企業が農産物の販路開拓・流通の支援を表明する動きもみられている。いずれも、農産物の販売先である外食産業を中心とした既存の販路が自粛に伴う大きな打撃を受ける中での、産地に対する緊急支援としての意味合いが強い。

 こうした流通の変化は、現在の危機的状況への対応だけでなく、今後の流通のあり方を考えるきっかけとすべきである。いかに影響を抑えるかという視点ではワクチンや治療薬の開発に注目が集まる一方、コロナを完全に押さえ込むことができ今後も発生しないようにできる、という予測はおよそ聞かれない。それどころか、コロナとは異なる別の病気が今後も発生するという可能性がフランス開発研究所(IRD)から指摘された 。
 生物多様性に関する議論の中で、自然界には薬や品種改良に有用な遺伝資源があることは広く知られている。他方、気候変動や自然破壊が進む中で未知の病気と遭遇する可能性についても指摘されてきた。今回の新型コロナウイルスの発生源については現時点で断定されていないものの、開発によって野生生物との接触機会が増加し、人・物の移動がかつてなく高速となった現代においては、仮に新型コロナウイルス禍が収束したポストコロナの状況を迎えたとしても同種の問題が今後発生する、いわばネクストコロナのリスクが存在する。

 それでは、今後も病気が発生するリスクを前提として改めて食品流通の現状を見つめ直すと、どのような対応が考えられるだろうか。例えば、流通業務に従事する人々の感染リスクを減らすためには、流通の物理的距離、中間段階を減らすことが考えられる。現在の多くの食品は、産地から物理的にいくつかの市場・加工場を経由して消費者に届いているが、経由するポイントが多くなるほど病気が伝播する可能性が広がり、最悪の場合には途絶する可能性もある。これに対し、産地と消費者とのダイレクトな流通構造は病気が伝播するリスクを抑える一つの対応策といえよう。ダイレクトな流通構造については、企業独自の取り組みのみならず、令和2年6月21日から適用される新たな卸売市場制度が目指す「産地直送」や「市場間ネットワーク」といったビジネスモデルにも期待できる。既存の中央卸売市場を経由しない流通や市場間の柔軟な需給調整が実現されれば、多くの産地にとって緊急時の供給先確保に備えることに貢献するだろう。

 こうした、産地と消費地のダイレクトな流通の強化は、病気が発生した際の対応という側面で注目されるが、病気の発生を抑制する観点でも対応は考えられる。これは、主に産地側の取り組みとして想定される。
 例えば、貧困や食料問題に対応するために進められる途上国の新たな農地の開発は、未知の病気との接触機会を生む可能性がある。これに対し、既存農地における生産量増大や付加価値向上に関する技術協力は農地の拡大以外の形で問題解決に貢献するものであり、わが国でも官民を通じた多様な支援実績がある。しかし、これまでの支援の性質としてはモデル的なものが多く、現地の経済的余力や人材不足のため、実際には十分に普及しているとは言い難い。現地の自助努力も当然必要だが、今後はより広範囲に適用させていくという視点も必要であろう。同時に、病気と接触しないよう野生生物の取引や土地開発を規制するためのキャパシティービルディングを組み合わせていくことも重要である。官民による途上国支援に、薄く広く、というあり方も期待したい。
 国内においては、野外と隔離した生産環境のメリットを改めて認識するべきだろう。国内の農地面積は減少傾向にあり、新たな農地開発による未知の病気の接触は考えにくいものの、渡り鳥や野生動物・昆虫等の侵入による病気は発生し得る。例えば、過去には鳥インフルエンザや口蹄疫がわが国でも発生しており、今後はアフリカ豚コレラのような病気の発生も危惧されている。野菜や畜産の生産現場では植物工場やウインドレス鶏舎といった、外部環境と接触しないようにする技術が開発されており、こうした技術は、安定・大量生産を可能とし、外部と隔離することで野外から侵入する病気への対応という点でも優れる。適用可能な作物の拡大のための技術開発とその普及は、国内の生産現場でのリスク抑制につながるはずである。

 理想的には、こうしたリスク抑制に取り組む産地からのダイレクトな流通を構築していくべきであり、実現する上では発生するコストに対する最終消費者側の理解が不可欠である。現在の新型コロナ危機に対応した産地支援の機運を一時的なものとせず、産地・流通を含むフードチェーン全体を評価する市場を本流とする必要がある。
 例えば、産地側の農地開発の抑制や生産環境の野外からの隔離は、生物多様性保全の観点からも捉え直すことができ、調達基準の見直しや優遇制度の設定など反映することが考えられよう。生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES: Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)では、生物多様性減少の大きな要因として土地利用改変を指摘しており、農地開発の抑制は生物多様性保全に大きく貢献するといえる。また、生産環境の野外からの隔離は、農薬や肥料といった農業資材に野生生物がばく露することを回避する効果もある。SDGsの観点から、こうした農産物をダイレクトに消費者に届ける流通と合わせて、フードチェーン全体で評価することはできよう。
 全国統一的な展開以外にも、CSA(Community Supported Agriculture)のようなコミュニティ単位での産地・消費者間の関係を強化していく方向性も考え得る。CSAとは、生産者と消費者が直接契約をし、農産物の前払いによる契約によって生産リスクをシェアするとともに、消費者が農場運営にも積極的に関与する仕組みである。前払い、消費者との直接契約という仕組みは、現在の新型コロナ禍の中にあっても産地支援の観点で有効に機能すると考えられる。また、消費者が安全な農産物供給を期待して農場運営に関わることで、リスクへの対応に必要なコストの共有にもつながると期待できる。
 農林水産省が策定し令和2年3月31日に閣議決定した「食料・農業・農村基本計画」では随所にSDGsの記述があり、同省のウェブサイトではSDGsの観点で食品事業者の取り組みを把握・紹介している。大手スーパーでは認証商品やプライベートブランドの取り扱いという形で広がっているほか、楽天が運営する「EARTH MALL with Rakuten」のようなサステナブルな消費に特化したインターネット・ショッピングモールなども登場している。すでに感度の高いミレニアル世代、Z世代の台頭を待つのみならず、消費を後押しする施策の強化を期待したい。

 ここまで、生物多様性の観点から新型コロナで改めて認識すべきフードチェーンのリスクを指摘し、産地・流通およびそれを支える消費者・市場作りの対応方向について論じてきた。生物多様性に関する理解・取り組みは、2010年に名古屋で開催された生物多様性条約COP10以降、徐々に企業のCSRとしての取り組みの中でも見られるようになってきたが、気候変動ほどの理解が広まっているとはいえない。現在の緊急対応の先には、身近な問題として改めてリスクを見つめ直す必要がある。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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