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アジア・マンスリー 2019年10月号

増加する中国の産業補助金

2019年09月27日 関辰一


中国では産業補助金の規模が拡大している。特に通信・コンピュータ、その他機械製造業と自動車産業向けが急増している。他方、産業補助金の増加は国際批判の強まりと不良債権の増加を招く恐れがある。

産業育成と雇用確保が背景
近年、中国では産業補助金の総額が増加している。全上場企業3683社の有価証券報告書(年報)を集計したところ、2018年の補助金総額は1551億元と2013年の810億元から大幅に増加した。ここ5年間の増加率は年平均+13.9%に達する。

この背景として、以下の2点が指摘できる。第1は、産業育成である。中国政府は近年、消費や生産の各分野における多様なデータをIoT、センサー等で収集・蓄積し、ビッグデータや人工知能(AI)などを駆使して分析することで、新規ビジネス創出や産業の活性化を狙っている。2015年に産業ビジョン「中国製造2025」を策定し、その中で半導体やAI、電気自動車(EV)などを重点分野に定めた結果、こうした分野向けの補助金が拡大した。

実際、上場している通信・コンピュータ、その他機械メーカー356社の2018年の産業補助金をみると、合計235億元であり、ここ5年間の年平均増加率は全産業平均を大きく上回る+25.3%であった。加えて、中国製半導体製造装置を導入した半導体メーカーに対しても補助金を支給しているという。中国製装置の品質面の大きな問題点は、半導体の生産効率や保守メンテナンス効率の低さとされる。しかし、補助金によって中国製装置の量産化が進めば、装置の品質も向上し、内製化も進むという思惑がある。

また、上場している自動車メーカー(含む部品)130社の産業補助金は同170億元であり、年平均増加率は同+25.2%であった。たとえば昨年、EVなどの生産開発や合肥市の新拠点の稼働開始などを理由に、国有企業の長安汽車に対して29億元という巨額な補助金を支給した。

中国政府はこれまでも、産業育成に向けて補助金を給付してきた。たとえば、半導体集積回路の内製化を狙って、86年から10年間で合計2億元の財政援助資金が投じられた。産業補助金は、かねてから低利融資や外資規制などと並んで産業政策の重要なツールである。もっとも、このところの補助金や政府ファンドなどの金額をみると、中国政府はこれまでにないほど産業育成に力を入れているといえよう。

第2は、雇用確保である。地方の国有企業が経営不振に陥った際に、雇用対策の観点から地方政府が補助金を投入して、救済するケースがしばしばみられる。ここ5年間の上場企業に対する補助金総額をみても、景気不振が鮮明であった2015年と2018年に補助金が大きく増えた。

なお、中国では中央政府と地方政府それぞれが補助金を支給している。上場企業の有価証券報告書から判断すると、地方による補助金の方が多い。

不公平な競争と不良債権問題
もっとも、中国の産業補助金はいくつかの大きな問題を抱える。第1は、国際的に不公平な競争を招くことだ。20カ国・地域(G20)首脳会議などでは中国鉄鋼業の過剰生産能力が問題視されてきた。中国で地方政府が地場鉄鋼企業へ補助金を支給し続けるなか、国内消費量を大きく上回る鋼材生産能力が蓄積され、その結果輸出が急増した。2015年の鋼材輸出は1億1,240万トンに達し、これは日本の年間生産量を上回る。中国製鋼材が国際市場に溢れ出すことで、国際市況が悪化して各国鉄鋼企業の経営を脅かしてきた。今後、半導体やAI、EVなども鉄鋼の二の舞になりかねない。

第2は、国内における債務問題・不良債権問題の深刻化である。産業補助金は、公平性という点のみならず、効率性という点からみても、深刻な問題を引き起こしている。一般に、国有企業の経営効率が民間企業よりも低いにもかかわらず、補助金や政府の債務保証などを得られる国有企業の方が低いコストで資金を調達できる。これにより、国有企業は返済能力を上回る規模の債務を負いやすくなる一方、資金の出し手は企業経営に対するチェックが甘くなる。その結果、中国の企業債務と不良債権はさらに増えかねない。

このように、中国の産業補助金はそれを非難している米国のみならず、他の国や中国自身にとっても深刻な問題を招く。産業補助金のあり方については、G20等の多国間協議の場で、多くの国が納得できる国際ルールを作っていく必要に迫られている。この観点からは中国鉄鋼業の過剰生産能力に関する多国間協議を経て、中国政府は鉄鋼産業の政策方針を見直し、この結果、上場鉄鋼メーカー31社の2018年の産業補助金が合計22億元と2013年から4億元減少したことが注目される。他方、米国が2国間交渉に固執して今後も対中圧力を強める場合は、中国はそれに対抗しながらハイテク製品の内製化や雇用確保を進めようと、産業補助金を一段と拡充するという悪循環に陥る展開が予想される。
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